岸波通信その266「大波乱の会津茶会(完)」

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岸波通信その266
「大波乱の会津茶会(完)」

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◆「人生を振り返って」シリーズ#65「大波乱の会津茶会(完)

 状況は、武者小路千家の扁額が鶴ヶ城「麟閣」に奉納される大茶会の朝、徹夜で現場設営をして、まさに「秒」のタイミングで完成させた場面。

 ユウキは風邪ひきで帰福、ケイ子は体調悪化でリタイアという中、孤立無援の僕は一晩飲まず食わず眠らずのグロッキー状態ながら、何とか胸をなでおろしたのでありました。

 ということで今回は、その当日の実際の写真で一日の流れをご紹介したいと思います。

岸波 古い写真なので、解像度が「粗い」のはご愛敬ということで。

 まずは早朝の鶴ヶ城。

早朝の鶴ヶ城

(2004.10.24)

 これは朝5時半の様子。まだ、鶴ヶ城前庭の野点会場は設営途中。(アセアセ・・)

 でも、懸念していた「お天気」の方は快晴となり、最初の関門はクリアされました。

 こちらは、「麟閣」に直接入れるメイン通路の「三の丸入口」の様子。

  三の丸入口から通路方面

 朝6時半頃には、案内の「幟」をズラリと立て終わりました。

 会津で、この季節には稀な雲一つない青空であったことが分かると思います。(日頃の行い!)

 入口の立て看板も設置しました。

  入口の立て看板

 そしてこちらが、ギリチョンで完成した野点の「お点前席」の様子。(↓)

「亭主」の女性が袴を着用していますが、これは「会津魂」を表すため是非このようにしたいというケイ子さんの発案が採用されたもの。

野点の御点前席

(朝8時に完成)

 ここの「お点前席」の毛氈は不哲斎宗主好みのモスグリーンとし、客用の「野点席」は、前回書いたように緋毛氈を敷いています。

 そして全国から集った会員やお客様が、次々と「三の丸入口」から会場へとやって来ました。

  次々と集まって来るお客様

 ここで、ちょっと時間を戻して前夜祭のレセプションの写真を。

佐藤栄佐久知事の祝辞

(御宿東鳳)

 福島官休会、星一男会長のご挨拶。

  福島官休会星一男会長の挨拶

 この後、井ノ部康之氏による記念講演が行われ、20分が過ぎた頃に「新潟県中越地震」が起こって大混乱となるのです。

 せっかくなので、僕が撮影した前日の昼食「桐屋夢見亭」(※現在は廃業)のノレンも。

 「桐屋夢見亭」

「水蕎麦」はいらんかったな・・(ボソッ)

 そして、今度は当日の「麟閣」の遠景写真。

  麟閣遠景

 さて、いよいよメイン行事の「扁額奉納」。千家家本の不哲斎宗主揮毫による「扁額」を小庵ゆかりの「麟閣」に奉納する場面。

 「麟閣」前には、除幕を待ちわびる人々の姿が。その中には地元会津若松菅家市長ら市の首脳陣や「麟閣」を守り続けた森川家ご当主らの姿も。

除幕を待ちわびる人々

(麟閣前)

 扁額除幕に先立つ、会津若松菅家市長のご挨拶。

  菅家市長のご挨拶

 そして、紅白の綱が引かれました。

  除幕後

 観衆から盛大な拍手が送られ、扁額の下で不哲斎宗主と菅家市長の固い握手が交わされました。

 これにより500年の時を越え、小庵ゆかりの麟閣に、表千家・裏千家・武者小路千家の三千家の扁額が揃うことになったのです。

  不哲斎宗主(中央)

 その後、輪郭内で挙行された「献茶式」の様子。

献茶式

(麟閣)

 その時の不哲斎宗主のお点前。

  不哲斎宗主

 その後、御薬園の「御茶屋御殿」で催された「濃茶席」の様子。

  御茶屋御殿の濃茶本席

  同上

 最後は、鶴ヶ城本丸前にて挙行された野点席の様子。

野点席

(麟閣)

 そして、鶴ヶ城も画角に入れた写真がこちら。

  鶴ヶ城と野点席

 さてその後、不哲斎宗主のエクスカーションに県職員である僕が同行し、隣の福島県立博物館などにご案内。

  福島県立博物館

 このように、「裏側」では大変な出来事が立て続けに起こっていたわけですが、当日の式典などは、何事も無かったように粛々と進められたのでありました。(笑)

 最終回でのご報告は以上。

 さらに「その後の状況」については《追伸》にて。

(To be Continued⇒)

 

/// end of the “その266「大波乱の会津茶会(完)」” ///

 

《追伸》

 グロッキーになったケイ子ですが、結局、血を吐くまで行って大惨事に。茶会終了後、速攻で福島市に連れ帰り済生会病院に緊急入院することになりました。

 ケイ子はこれまで数度、生死にかかわる入院を経験してきましたが、この時が二回目だったかな。「天衣夢縫」では、ボケ・ツッコミのキャラになっていますが、本当は優しくてか弱い奥さんなのです。(本当だってば)

 この時は、もう少し遅れていたらどうなっていたことか。ただ「大病」とまではいかず、過労とストレスのあまり「十二指腸潰瘍」が悪化して吐血したのでしたが。

 千家お茶会との関わりは、もう懲り懲り・・と思っていましたが、考えて見ればもう一度ありました。それは福島官休会の設立25周年記念レセプションでのこと。それはまた別の機会に。

 さて、次はどの時代の出来事を書きましょうか・・?

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

朝焼けの鶴ヶ城

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To be continued⇒“267”coming soon!

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【岸波通信その266「大波乱の会津茶会(完)」】
2026.9.9配信

 

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