岸波通信その253「喜多方生活の思い出①」

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岸波通信その253
「喜多方生活の思い出①」

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◆「人生を振り返って」シリーズ#52喜多方生活の思い出①

 今日、カリスマ彰がメールをくれた。内容はテレ朝NEWSの「本場・喜多方ラーメンの閉店相次ぐ/最盛期120店が現在は90店/家族経営で後継者困難」という記事についてだ。

 県庁に就職して最初の任地であった喜多方市で、慣れ親しんだ古参ラーメン店が次々と廃業していた事実は衝撃的だ。

 そんな心の郷愁も含めて、喜多方生活の思い出を書いてみることにする。

廃業した老舗ラーメン屋「まこと食堂」

(喜多方市小田付地内)

 福島県庁への就職を希望したのは「何となく」だった。それなりに大きなアパレルを経営して苦労したウチの親父は「お前は官僚になれ」とよく言っていた。

 「官僚」は別に上級国家公務員という意味ではなく、本来なら「公務員になれ」だろうが、語彙の少ない親父独特の言い回しだったのか、特別な思いがあったのか、今となっては分からない。

  公務員の職業(イメージ)

 ただ、長男であった僕に会社を継いでもらいたいという気持ちはあったに違いなく、「まずは社会勉強をしてから後を継いで欲しい」という望みだったのだろう。

 また僕は僕で、仙台でほぼ同棲状態だった「彼女」と早く結婚したいという思いがあり、遠くへ離れることは避けたかった。(彼女の家も福島市内)

 そう・・世間知らずな僕は、「県庁」と言えば福島市内で目の前に見える「福島県庁」の建物で働けると思い込んでいたのだ。(あ~ 何という無知!)

  福島県庁本庁舎

 大学の仲間たちは、4年生になると「滑り止め」を含め二枚腰・三枚腰の就職活動を始めたが、僕は一切の民間受験をせず福島県庁一本で臨んだ。

 これもまた、これまでの高校受験・大学受験と同様、「自信があった」訳ではなく単に「天真爛漫」なだけなのだが・・。(自分はつくずくラッキーマンだと思う)

天真爛漫

(イメージ)

 しかし、その当時は民間が大不況の波に呑まれ、公務員人気が爆上がりしていた時代だった。

 県庁に願書を出した数日後、新聞で「福島県庁の応募倍率60倍!」と過去最高の数字になったことを知って大いに焦ったが、すでに後の祭り。落ちれば就職浪人も覚悟しなければならなかった。

  激しい競争倍率(公務員予備校)

 だが、ここでもラッキーマンの本領を発揮。合格通知を受け取ると狂喜乱舞した。目の前の福島県庁を見上げ、「4月からはココに勤めるのか」と考えて疑わなかった。

 そして3月中旬に「勤務地発表面接」があり、告げられた「勤務地」に腰を抜かした・・「あなたは喜多方保健所に勤務してもらいます。いいですね?」

 何を言われたか、一瞬分からなかった。

 喜多方・・? 保健所・・?!ヽ(´Д`;≡;´Д`)エエー!

  喜多方?(蔵馬車)

 もちろん「嫌です」と言えるわけもなく、「はい、ありがとうございます」と背汗をビッショリかきながら模範解答を絞り出したのは言うまでもない。

 ところが・・これが人生の大きな岐路になった。

人生の岐路

(イメージ)

 実は、親父には「卒業したら、大学で付き合っている彼女と結婚したい」と言って大反対されていたのだ。

 反対の理由は、彼女が妹と二人姉妹で、その妹が下半身不随の障碍者だったことだ。

 彼女の家には「跡継ぎ」が居ないので、将来を含めて妹の面倒を見るために、僕が婿養子になって家を出て行くことを危惧したのだろう。

  車椅子(TVドラマ『セトウツミ』より)

 それでも、県庁に就職して実家から通っていれば、まだその先はどうなるか分からない。

(世間知らずの親父も「県庁職員」とは目の前の「県庁ビル」しか考えていなかったのだ。)

 だが、最初の任地が「喜多方」と告げられた。しかも息子(僕)が結婚して二人で喜多方へ行くと言う。これで親父は逆上し、言い争いをする中で決定的な言葉を吐いた。

「分かった、勝手にしろ。もう、お前なんかと親でも子でもない。勘当だ、二度と顔を見せるな!」m9っ`Д´)

勘当だ!!

(イメージ)

 「勘当」の意味もよく理解していなかったが、もしかするとこれで親子の縁が切れることだけは予想ができた。

 ただ、目の前に大問題がある。仙台のアパートから喜多方に引っ越す金などどこにも無いのだ。しかも車も持っていない。

 この状況では結婚式など挙げる訳にもいかず、引っ越しに彼女の実家の援助を受ければ、それこそ取り返しのつかないことになるだろう。

 こうして僕は、進退窮まった。さあ、この難局をどうする!?

(To be Continued⇒)

 

/// end of the “その253「喜多方生活の思い出①」” ///

 

《追伸》

 ここで結婚することになる「彼女」は二度目の奥さんケイ子ではなく、離婚した前の奥さんです。

 結婚生活は4年ほど。いろいろあって別れることになり、息子は僕が引き取りました。

 今となっては感謝の気持ちしかなく、その後の人生が幸せなものであったことを祈るばかりです。

 別れたきっかけの一つに、障碍者だった義妹の壮絶な死もあるのですが、そのことには触れません。暗い話になるのは、岸波通信のテイストと合いませんので。(笑)

 人生は美しい事だけ覚えていればいい・・と言うのが僕のモットーです。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

まこと食堂の肉そば

(廃業した喜多方ラーメンの名店)

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To be continued⇒“254”coming soon!

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【岸波通信その252「喜多方生活の思い出①」】
2026.3.11配信

 

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