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| ◆ 駐在員生活の思い出/モンバサでの日々
下手をすると拘留されて罰金を課されたり、下手をすると懲役刑という可能性もゼロではなかったし、被害者の家族から報復される恐れもあったわけで・・・
プロジェクトが忙しくなかったのも幸いし、徐々に日常生活を取り戻していった。 7月になってナイロビ日本人学校が夏休みになり、長女の同級生一家とモンバサへ旅行することになり、7月24日、ナイロビ駅から夜行列車でモンバサへ。 500キロほどの距離を15時間かけてのんびり標高1700メートルのナイロビから港町モンバサまで下っていき・・・
モンバサは、7世紀から8世紀にかけてアラブ人によって交易の拠点として発展した港町。 スワヒリ文化の中心地の一つで、アラブ、ペルシャ、インド、中国、そしてヨーロッパからの商人が行き交う重要な港だった。
7/25朝モンバサ駅に到着して、ゴールデンビーチホテルにチェックイン。 その後7/27ホワイトサンドホテル、7/28インターコンチネンタルホテルとホテルを転々とし、それぞれのホテルのビーチ、プールで遊ぶ。
グラスボートに乗ったり浜辺でラクダに乗ったりウォーターシューティングで遊んだり、カジノで遊んだり・・・
当時、モンバサでは当社施工のキリフィー橋が完成間近で、同プロジェクトに従事する社員がよくナイロビに息抜きに来ていて、ゴルフをしたり我が家でカラオケしたりしていた。 当社は1977年(くしくもぼくが入社した年)からケニアに進出しており、モンバサでニューニヤリー橋、ムトワパ橋をODAで建設しており、キリフィーは3つ目の橋梁工事だった。 キリフィー橋は全長420メートルでケニア最長の橋で現在も稼働中。↓
一方中国の建設会社がケニア西部ブシア郡に建設していたシギリ橋が完成間近の2017年に崩壊するという事件があった。
当時のモンバサはナイロビと違って治安がよく、家にカギはいらないと言われていたし、街中を観光客が歩いても全く問題なしと言われていた。 2度目の駐在時(2000.07-2003.07)は、9.11もあり、モンバサ空港でイスラエルのチャーター機にミサイルが発射されたり、ホテルが襲撃されたりときな臭い事件が多発していた・・・ (現在/メジロを愛でて) 気がついたらすっかり寒くなって、ウォーキングも暖房のきいた近所のイオンモールの中を歩く程度。
寒いのに庭のきんかんの木につがいの小鳥がよく訪ねてきて、羽根がいわゆるウグイス色なので、すっかりウグイスと思い込んでいて、子供たちに「ウグイスが来てる」とLINEすると「それはメジロ」と・・・
朝ドラ「ばけばけ」でもメジロをウグイスとまちがえるシーンがあり、そもそも太閤秀吉がメジロをウグイスと間違えて、メジロの色をウグイス色としたのが間違いのはじまりだとか。
今回のラーメンは味噌ラーメン専門店・日月堂の熟成濃厚味噌ラーメン。
モチモチの太麺に分厚いやわらか叉焼、さらに味玉、もやし、コーンと具沢山。 胡桃辣油の胡桃の食感もグッド。 #202送ります。(もしかすると#203かな?) 19日、牧野が来るって? もう40年くらい会ってないかな。
(2025.12.21up)
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