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 #129 夜と霧

by 葉羽
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(V・E・フランクル著『夜と霧』より)

◆収容所暮らしが何年も続き、 あちこちたらい回しにされたあげく、一ダースもの収容所で過ごしてきた被収容者はおおむね、生存競争の中で良心を失い、暴力も仲間から物を盗むことも平気になってしまっていた。そういう者だけが命をつなぐことができたのだ。 何千もの幸運な偶然によって、あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、とにかく生きて帰ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった。

◆殴られる肉体的苦痛は、わたしたちおとなの囚人だけでなく、懲罰をうけた子どもにとってすら深刻ではない。心の痛み、つまり不正や不条理への憤怒に、殴られた瞬間、人はとことん苦しむのだ。だから、空振りに終わった殴打が、場合によってはいっそう苦痛だったりすることもある。

◆被収容者はほとんどまったくと言っていいほど、性的な夢を見なかった。他方、精神分析でいう「手の届かないものへのあがき」、つまり全身全霊をこめた愛への憧れその他の情動は、いやというほど夢に出てきた。

◆わたしはときおり空を仰いだ。 星の輝きが薄れ、分厚い黒雲の向こうに朝焼けが始まっていた。今この瞬間、わたしの心はある人の面影に占められていた。精神がこれほどいきいきと面影を想像するとは、以前のごくまっとうな生活では思いもよらなかった。わたしは妻と語っているような気がした。妻が答えるのが聞こえ、微笑むのが見えた。

◆今わたしは、人間が詩や思想や信仰を通じて表明すべきこととしてきた、究極にして最高のことの意味を会得した。愛により、愛のなかへと救われること! 人は、この世にもはやなにも残されていなくとも、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれるということを、わたしは理解したのだ。

 

 

 

葉羽 「夜と霧」について

 オーストリア出身のユダヤ人医師V・E・フランクルは、ナチスのユダヤ人狩りに合い、自分の子供を中絶させられ、収容所で2年間を過ごした体験を、戦後「夜と霧」という小説に著しました。1956年に日本語版が出版されてからベストセラーとなり、世界中に"収容所生活の真実"が知られる契機となりました。


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