|<<INDEX | <PREV  NEXT>|
 
 

その203

人生は原罪進行形

 前号で「おそ松くん」を話題にした。

「おそ松さん」という映画があったらしいが、「おそ松さん」って何か変だ。

 最近、「くん」の代わりに「さん」がよく使われるようなり、学校でも男子の児童、生徒を「さん」で呼ぶ時代になっているらしい。

 ジェンダーフリーという発想からの「流行」なのか。昭和オジサンの私は違和感を感じる。

 何でもエスカレートする風潮があるが、藤子不二雄の「怪物くん」が「怪物さん」に、「忍者はっとりくん」が「はっとりさん」に、小林よしのりの「お坊ちゃまくん」が「お坊ちゃまさん」になったりしたらチョー変ではないか。

「○○さん」は、昔から「トーサン、カーサン、オジサン、オバサン」など世の中にサンザンあるので、これ以上増やす必要はない。

「さん」の増殖で「くん」が死語になってしまうではないか。

「柔道一直線」のミキッペだって、「一条くん・・・」と呼んでるし、「俺は男だ」では森田健作が、相手役の女性を「吉川くん・・・」と呼んでいた。

 ちなみに「ミキッペ」は吉沢京子で「吉川くん」は早瀬久美だが、吉沢京子や早瀬久美のようなマドンナに、「○○くん」と呼ばれてみたかった昭和少年のボクです。

 ミキッペは「あだ名」だが、最近の学校では「あだ名」や、「さん」をつけない「呼び捨て」を禁止する傾向があるらしい。

 確かに本人が不快に感じる「あだ名」や、乱暴な「呼び捨て」は教育上よくない。

 あだ名は「愛称」でもあるが、本人にとって「相性」の悪いあだ名もあるので要注意だ。

 しかし、何事にもホドホドが大事で、「一律禁止」というのも、大人げない。

 時々、厳しい学校の「校則」が話題になるが、児童生徒の自由な発想の過度な「拘束」は困る。

「大人げない」だが、今は「オトナゲナイ」ことに「オトガメ無い」時代になっている。

 ネット時代になり誰でも情報発信できる時代だが、「目立つ」ためには何でもありで意図的に「炎上」させて売り込む。

 テレビは視聴率、動画は再生回数が金になるので発信する「映像」もエスカレートする。

「火事と喧嘩は江戸の華」なんて言葉があるが、所詮、人間は野次馬で、災害や事件事故、ケンカは面白い。

「人の不幸は蜜の味」で他人に同情しながらも「同情」を楽しんでいる人間が多い。

 過日、行われた元総理の「国葬」だが、賛成派も反対派もそれぞれに「お祭り」のようだった。

「国葬で世論が分かれ、国民を分断する」なんてマスコミが扇動するので、マスコミのシナリオどおりに賛成も反対派も相手に「負けじ」とハッスルするが、終わってみればあっけない。

 それぞれの日常に戻るが、警備のために動員された全国の警察も地元に戻ったのか。

 僅かな「手当」は貰えるだろうが、個人的には「慰労手当」を公費で追加し「東京見物」でもしてほしかった。

 国会議員や全国の地方議員の「視察研修旅行」の総額からみれば些細な金額だ。

「○○にイロを付ける」という言葉があるが、ご苦労なされた方にはイロを付けて「イロー」しなければならないな。

 前記した「大人げなくても、おとがめない」だが、「お咎め」って「裁きや罰」のことなのか。

 昔、学校帰りに道草しながら街中をぶらぶらしていると、電柱や木の塀に黒地に白で「死後、裁きにあう。聖書のことば」なんて書いてある小さな板が貼ってあるのをよく見た。

 子ども心に「死後、裁きにあうなら死ねないな」なんて思ったが、裁きで「執行猶予」なんてこともあるのか。

「差し戻し」なんてなったら、シャバに戻れるのか。ツーカ、悪い事もしてないのに「死後、裁きにあう」なんてヒドクネ。

 キリスト教では「全ての人は、罪を犯したアダムとイブの子孫として原罪を持っている」らしい。

 自分がアダムとイブの子孫なんて意識は全くないが、今までの自分の人生を冷静に振り返れば、いろいろな罪を犯してきたに違いない。

 これからも生きている間は罪を繰り返し、「原罪」も持ち続けるのか。人生は「原罪」の進行形、「原罪進行形」なのだな。

 英文法で現在進行形はING(アイ、エヌ、ジー)だが、ウクライナでは「愛NG」の戦争が進行形だ。

 (2022.10.8)アンブレラあつし

PAGE TOP


 

 Copyright(C) Atsushi&Habane. All Rights Reserved.
MP3「おまぬけサンタ」 by TAM Music Factory