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その166

続、チヨちゃんの真実

「故郷の山に向いて、言うこと無し」は石川啄木だが、私は「故郷の山に向いて、特に言うこと無し」なので、長い間帰省することもなく月日が過ぎていった。

 そして、風のたよりで、チヨちゃんが離婚したらしいということを聞いた。

「そ、そ、そ、サシスセ、そんな」、チヨちゃんは「間違いのない人」と結婚したのではなかったのか。

 間違いのない人と結婚して幸せな家庭生活をおくっているのではなかったのか。

「♪結婚するって本当ですか。机の写真は笑っているだけ」なんて歌があったが、「♪離婚したって本当ですか」になってしまう。

「何故だ?原因は?」と思いを巡らすが、絶対に男が悪いに違いない。

 チヨちゃんに罪はない。チヨちゃんを不幸にするなんて許せない男だ。江戸時代だったら仇討ちだ。天誅だ。なんて妄想が暴走する。

 男が身を崩すのは三つあるらしく「酒、女、ギャンブル」だ。

 基本的には酒も女もギャンブルも個人的なコトなのだが、地方公務員法に「信用失墜行為の禁止」というのがある。

 つまり世間的には公務員は品行方正でなければならないらしい。

 チヨちゃんの亭主は役場職員なので、「地方公務員法29条」(信用失墜行為の禁止)抵触してクビになったのか。

 コロナで自宅飲みが増えて、ストレスで家庭内暴力が増えているらしいが、まさかヤケになった亭主が、チヨちゃんに手をあげたのではないだろうな。などと、いろいろ詮索してしまう。

 その夏に、久しぶりに中学校の同窓会が故郷であった。

 今まで一度も参加することはなかったのだが、今回は初めて参加してみた。

 チヨちゃんが来るかもしれない。来たら何を話そうかとドキドキもしたが、やっぱ、彼女は来なかった。

 二次会に行って、だんだんと酒がまわり、みんな酔ってきた。友人が、私に「チヨちゃん、離婚したの知ってるか」と聞いてきた。

「噂で聞いたが詳しい事は知らない」と無関心を装って気のない返事をした。

 本当は気になって気になって、誰か話題にしないかと友人同士の会話に、ずっと聴き耳をたてていた私だ。

 二次会ではお決まりのカラオケだ。普段は歌わない私だが、酒に酔ったせいもあり久しぶりに歌った。

「♪あなたがいつか 話してくれた 岬をボクは たずねてきた」(「あなた」ってチヨちゃんだよ)

「♪二人でくると約束したが 今では それもかなわないこと」(チヨちゃんがボクと再婚すれば可能だが、それも、かなわないことか)

「♪悲しみ深く胸に沈めたら この旅終えて 街へ帰ろう」(金がないので、いつまでも旅は続けられない)

「♪砕ける波の あの激しさで、あなたをもっと 愛したかった」(映画「卒業」のように花嫁のチヨちゃんを式場で奪えばよかったのか)

 同窓会では、男性は仕事が大変だとか、女性は家事育児が大変だとか、それぞれにグチを語るが、私にはそれぞれの人生の「自慢話」に聞こえた。

 話題に入れない私はポツンと一人で、同窓会に参加しなければよかったと後悔した。

 もうこれからは同窓会に参加する事もないなと思いながら、その夜の最終列車で故郷を離れた。

 その年の暮れに実家から電話があった。

 チヨちゃんの父親らしい方からの訃報の喪中挨拶がきて、チヨちゃんが秋頃に亡くなったとのこと。

 この世にチヨちゃんはもういない。

 私の記憶にチヨちゃんはいる。

 私の真実のチヨちゃんだ。

 (2021.5.8)アンブレラあつし

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