その164 |
青い空、オレンジの炎と白い煙、聖火の記憶もマボロシか。 |
過日、聖火リレーを見てきた。
福島県から始まった聖火リレー二日目の最終点は福島県庁前で、自宅から歩いて直ぐの場所だ。
オリンピックの聖火リレーを直接見るのも人生最後と思い見に行った。
沿道に携帯用椅子を置いて待っていたのだが、聖火はなかなか来ない。
前座の公式スポンサーのデカいケバケバしい車が次々と来て、派手に宣伝する。
商業オリンピックと聞いてはいたが、派手スギ音デカすぎ、スギタ二郎だ。
ツーカ、宣伝する機会が想定外に少ないのでヤケになっているのか、右翼の街宣車のようにデカい音でうるさい。
ようやく来た聖火ランナーだが、沿道の観客に手を振りながらタラタラ走っている姿を見て、昭和GさんはGショックだった。
前回の東京オリンピックの聖火ランナーは全力ではないにしても相当の早さで走っていて、いかにも選ばれたアスリートだった。
聖火の炎から出る煙が、ほぼ水平にたなびく速さだったが、今回は走るというより歩いているし距離もほんの僅かだ。
高齢者や子供も走るので仕方ないのだろうが、スポーツの躍動感が感じられない。
それにしても、前回の半世紀以上前のオリンピックを思い出しながら、こうやって聖火リレーが見られるのはありがたい事で、自分が今まで運よく生きてきたからだなと、シミジミ思うシミ爺さんの私だ。
「冥土の土産」という言葉があるが、冥土に行ったら、この世で経験したことをいろいろと天国の友人に話してみたい。
東日本大震災を経験せずに早世した友、コロナ騒動を経験せずに早世した友、オリンピックを前にして昨年亡くなった友、長く生きるということは良い事も悪い事も、多様な経験をすることだ。
天国で友人に土産話をしたいのだが、考えてみたら私が「天国」に行けないと出来ない。
今さら改心しても無理かもしれない私だが、今後できるだけ「清く正しく」生きて「天国」を目指すしかないのか。
「地獄の沙汰も金次第」なんて言うので、天国へ行くために「積み立て貯金」をするか、なんて考えている、ちっとも「改心」しないボクです。
645年の「大化の改新」は、当時の権力者の「改心」から始まったのか。歴史のテストで「大化の改心」と書いたら、恐らく減点ではなく零点だな。
コロナワクチン接種が始まり、医療従事者の次は高齢者らしいが、日本の未来を担う若者を優先して、私も含めて先の短い高齢者はあとでもいいような気もする。
経済用語で「費用対効果」という言葉があるが、日本は「儒教」の国で「費用対効果」の少ない年寄りを「敬う」ので内心は嬉しい。
「敬老」だが、高齢者になると「あの日にケーロー」と過ぎ去りし過去を想う日々だが、過去は全て美しく、苦労した事さえ美しい思い出でに「変異」する。
コロナ関連ニュースは、毎日日替わりで「株価指数」のようだが、「コロナの変異株」は急騰し続ける「優良株」になっている。
早く暴落してほしいがシブトイ。
冒頭に書いたオリンピックの公式スポンサーの一つが「日本生命」で、大型宣伝車の上で「某、夢の国」のスタッフのような若いダンサーが愛想をふりまきながら沿道の観衆に手を振っていた。
「若いダンサー」と書いてはみたが、マスクをしているので実はよくわからない。
体型からオバチャンではないと思うが、ニッセイのオバチャンって昔いたな。
「♪モクセイの花咲く頃は、ふるさとの顔、思い出す」「♪ニッセイのオバチャン、自転車でいつも笑顔を置いてった」はテレビCMだが、笑顔と一緒に「保険案内」のパンフレットも各家庭に置いていったのか。
「♪みんな、どうしているだろう。チヨちゃんお嫁にいったろか」なんて昭和過ぎてなける。
続く歌詞に「♪チヨちゃん、待っててくれたかな」なんてあるが、チヨちゃんは絶対に待っててはくれない、命クレナイ、紅の豚だ。
ニッセイのオバチャンは「ニッセイレディー」になり、ヤクルトおばさんも「ヤクルトレディー」になっているが、大阪のオバチャンは「オーサカレディー」にしてほしくない。
「♪大阪で生まれた女さかい、レディーにはようなれん」なんてBOROは歌ってないが、私の記憶はボロボロで、前回オリンピックの聖火リレーを沿道で直接見たのか、映像の記憶なのかアイマイだ。
実体験も映像も想像も一緒になってしまうが、時が過ぎれば全てはマボロシで、聖火の白い煙のように青空に吸われて消えていく。
(2021.4.10)アンブレラあつし |