|<<INDEX | <PREV  NEXT>|
 
 

その301

願わくば これが最後の 天罰に

 先日、無事退院した。横浜の病院の窓からは「♪街の灯りが、とてもきれいね、ヨコハマ」のブルーライトは見えなかったが、手術室の照明ライトが「ブルーライト」だったような気がする。

 横浜の病院になったのは、腎臓の結石が大きすぎて、地元のO総合病院では対応できず、紹介してもらった仙台の病院も対応が難しいという事で、横浜になった。

 やはり首都圏は医療施設が充実している。「田舎暮らし」が、いいのは健康だからで、病気や高齢になれば、ヤッパ何かと便利な場所がいい。

 入院当日の受付時間が、早かったので、ホテルに前泊し、「中華街」と「山下公園」に行った。

 金曜日だったが中華街は混雑していた。妻が事前に調べていた人気の店は、人が並んでいて、一時間以上待ちだという。

 空いている店を探して「広東料理」の店に入る。妻はメニューを見ながら何にするか迷っていたが、私は手頃な値段のランチにした。

 ツーカ、メニューを見て考えるのが面倒だ。

 中華料理は「北京料理」「上海料理」「広東料理」「台湾料理」「香港料理」とイロイロあるが、私にとっては「一つの中国」で、中華料理は基本、どれでもウマイ。

 今はやりの「ガチ中華」そして、日本に定着した「マチ中華」だが、ガチ、マチガイなく、ほぼウマイ。

 ヨコハマといえば「崎陽軒のシュウマイ弁当」が昔から有名だ。

「ウマイ、シュウマイ食べて、おしゅまい」なんてダジャレが私の鉄板
ネタだが、人生「おしゅまい」にならぬよう健康に注意して長生きしたい。

「山下公園」では「氷川丸」が公園の岸壁に係留してあった。今から何十年も前、中学の修学旅行で訪れた場所で懐かしい。

 妻が「♪赤い靴、はいていた女の子」の少女像を、見たいという事で探しにいった。

「♪赤い靴、はいていた女の子、異人さんに連れて、行っちゃった」だが、子どもの頃、「異人」って「いい爺さん」だと思っていた。

 いい爺さんが、偉い人だと「偉人さん」になるのか。「偉人さん」になれなくとも、できれば「いい爺さん」になりたい。

「赤い靴の少女像は、思ったより小さかった」と言って妻が帰ってきた。ネットで調べたら、海の方を見ながら台座に座る少女像だ。

「♪ヨコハマの波止場から、船に乗って、異人さんに連れられて、行っちゃった」なので、台座だけにして、あえて少女像は無いほうがいい。

 像が無い事で想像し見えてくるものがあるが、台まで無くすとダイナシになるので台はダイジだ。

 台の上に「一足の赤い靴」を置いたら妄想が、さらにふくらむが、ヤリスギか。

 入院は2週間で、2回手術した。内視鏡手術だが全身麻酔だ。

「終わりましたよー」の声が聞こえて、気がつけば終わっている。約2時間の手術だが、その間の記憶はない。

「♪ふりむけば、ヨコハマ」だが、「♪気がつけば、ヨコハマの病室」だった。

 手術後は病室に移され、約4時間、安静にしてなければならない。点滴をしながら天井をボーっと見ている。

「何で、こんなめに会うんだ」と思いながらも「これも何か天罰」と諦めるしかない。

「♪ふりむけば、ヨコハマ」だが、「♪ふりかえれば、ヨコシマ」な事をイロイロしてきた「天罰」だな。

「点滴」がうまく入らず、看護師さんが何度か、針を入れる場所を変える。

 はじめ左腕に針を刺して、うまく入らず、右腕にしたが、右腕も何度か場所を変えた。「点滴」になじまない私の体は、「点滴」は「天敵」なのか。

 看護師さんに「私の体は、点滴が天敵なのかもしれませんね」とダジャレを言ったが、スルーされた。

 忙しい看護師さんは、患者のダジャレに反応しているヒマはない。

 夜になると、病室の窓から見えるマンションの部屋に灯りがともる。それぞれの人生の灯りだ。

「♪伊勢崎あたりに灯りがともる」なんて昭和演歌があったが、あれはネオンの灯りだ。

 歌い始めに「♪あ〜あ〜」とかの溜息が入り、こんな演歌、放送してエーンカと話題になったな。

「病室の 窓から見える マンションの 灯りの中に 人生がある」
「願わくば これが最後の 天罰に」

 (2026.7.25)アンブレラあつし

PAGE TOP


 

 Copyright(C) Atsushi&Habane. All Rights Reserved.
MP3「おまぬけサンタ」 by TAM Music Factory