昭和43(1968)年の大相撲秋場所(9月)星取表を見て思いました。実に情報が凝縮されていて、あの場所が見事に蘇るではないかと。
福島県出身力士ということで栃東(先代)に注目していましたので、西前頭3枚目の栃東の成績は赤で囲っています。技能賞、殊勲賞しかりです。
〔※再掲〕
昭和43年秋場所の星取表(筆者提供)
両横綱は大鵬に柏戸、柏鵬(はくほう)時代の終わりの頃ですが、栃東は両横綱から金星(前頭が横綱に勝つこと)を挙げています。柏鵬時代には大快挙だったと思われます。
後に北玉時代を築いた北の富士と玉乃島(後の玉の海)が大関で、今思えば、世代交代が近づきつつあったことも窺えます(なお、玉の海急逝で北玉時代は短命)。
横綱北の富士と玉の海(北玉時代)
雑感73に記した人間起重機・明歩谷が東前頭7枚目、うっちゃり名手・若浪が西前頭5枚目。
栃東は14日目に明歩谷の得意技つり出しで負けています。若浪は7日目にうっちゃりで勝っています。東前頭3枚目には初の外国人力士高見山がいます。
十両優勝の花田は後の貴ノ花(横綱貴乃花の父)で、翌場所に入幕を果たしています。
西前頭7枚目の戸田は、大鵬の連勝に土を付けた力士では?と、これはちょっと調べてみました。確かに翌年の春(3月)場所で大鵬の連勝を45で止めていました。
世紀の大誤審?(足が・・)
「世紀の大誤審」と言われた一番だったことも思い出しました。連勝が45で止まったということは、連勝はこの秋場所で栃東に負けた翌日から始まったということです。
蔵書「熱血!名力士列伝」(平成5年刊行)には、戦前1930年代から1990年頃までの42人の力士のことが書かれていますが、そのうちの8人がこの秋場所の星取表に名を連ねています。名力士凝縮の場所でもあったのでしょか。
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「熱血!名力士列伝」のカバー
(筆者提供) |
若い方には「何のこっちゃ?」という話でした。
葉羽 あのね・・同じような事、経験あるよ。昔の東映のヤクザ映画「次郎長三国志」とか見ると、その後の東映映画を支えていくビッグネームが端役で大勢出ているのね。あと、高校1年8組の同じクラスのメンバー、後に4人が県庁の本庁部長で肩を並べたんだよ。その時、8組ルーム長だった僕だけ次長だったけどorz(笑)
※世紀の大誤審・・・画像で右の大鵬に軍配が上がったが、先に大鵬の足が出ていると物言いがつき、差し違い・戸田の勝利で大鵬の45連勝がストップした。ところが後に映像で確認すると、左の戸田の宙に浮いた右足が先に土俵の外の砂を払っていたことが判明。軍配は覆らなかったが、翌場所からビデオ判定が導入される契機となった。