世間一般から見ると本、特に小説は読んでいる方と思いますが、人生に影響を受けたような小説は多くはありません。
エッセイからは生きるヒントみたいなものを得たことは結構ありますが(例えば、雑感4 若さ)、人生に影響を受けた小説は2作品です。
「大地の子」禅四巻
一つは山崎豊子の「大地の子」です(雑感59 山崎豊子)。
そして最も影響を受けた(と思われる)のは、井上ひさしの「あくる朝の蝉」という30頁ほどの短編です。
※「あくる朝の蝉」所収の短編集
どう影響を受けたかは書きませんが、孤児院を脱走した兄弟の
『兄「ぼくたちは孤児院に慣れてるけれど、ばっちゃは養老院は初めてだよね」
弟「それなら慣れてる方が孤児院に戻ったほうがいいよ」
兄「そうだな。他に行くあてがないとわかれば、あそこはいいところなんだ」』
~というくだりが、何ともいえず心に響いています。
「大地の子」は41歳の時に読んでいて、「あくる朝の蝉」は26歳の時に読んでいました(本の購入日は裏表紙に記してあります)。
あれから40年近くの歳月が流れ、あれから数百の小説を読んでいますが、自分の中であの小説を超える小説は未だに現れていません。
「孤舟」
ただ、本を読んで何を感じるかは、読んだ時の年齢によって変わってきますので、退職後の今は渡辺淳一の「孤舟」なんかが座右の小説になるかもしれません。
ツーさん【2019.7.29掲載】
葉羽 ツーさん、通算100篇到達おめでとう。←(ちょっと駄洒落)
で、表題の「あくる朝の蝉」という短編ですが、日本ペンクラブの「電子文藝館」というサイトで全文が掲載されており、無料で読むことができます。僕も早速読んでみました。
※ 電子文藝館「あくる朝の蝉」>>
「四十一番目の少年」に所収されている、いずれも孤児院での生活をテーマにした3篇は、井上ひさしの自伝的小説とされています。
山形県生まれの井上ひさしは、仙台にあった児童養護施設(孤児院)で弟と共に暮らしました。「あくる朝の蝉」は事実そのものではないかもしれませんが、かれの生い立ちや実経験が土台にある小説なのでしょう。そう考えて作品を読むと、ユーモア小説に舵を切って行った彼の原点が見え来る気がします。
井上ひさしはこんな言葉を残しています「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことはいっそうゆかいに」。
それが、2010年に75歳で生涯を終えた名作家のたどり着いた結論であったのでしょう。