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皆様の中にはJAZZ通の方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、私の場合、数ある音楽の中でも一番趣味でないのは、このJAZZだと思っていました。 ところがびっくり、ちょっとしたきっかけからまったく頭の中が転換してしまいました。 JAZZの歴史については、黒人の労働歌がブルースになって、それがJAZZにつながるといったおぼろげな流れはイメージとして持っていたものの、今年の1月くらいにNHK教育テレビで放映された、坂本龍一の「音楽の学校」という番組、御覧になった方はいらっしゃいますでしょうか。 アブジャにいらっしゃる日本人の方からDVDに録画したものをお借りしたのですが、とにかくこの番組は素晴らしい!!
最初の数回でBachが如何に偉大な人か学んだ後に、JAZZの講座が4回に渡ってあったのですが、そもそも奴隷貿易によるアフリカ文化とヨーロッパ文化のぶつかり合い、融合により、アメリカ大陸という新大陸でこのJAZZがいかに進化していくか、その流れを知ると、これまでわけのわからない音の連続だったJAZZがするりと頭の中に入ってきました。 そもそものルーツはアフリカということで、それもまた興味を増す要因の一つになっています。 本気で書き出すともう止まらないのでこれくらいで止めておきますが、やっぱり音楽は面白い!! アフリカのリズムにもドップリ浸かって散々太鼓を叩いた後、夕食後にバッハをギターで弾いて、寝る前に酒を飲みながらJAZZを聴く。 それをラゴスでやっていると思うと、何か不思議な感じがします。
以前にもお話しましたが、とにかく職場のある官庁街でも、どこからか太鼓の音が聞こえてくるし、仕事用の車に乗ると、運転手はこちらの伝統的な音楽をCDで流してノリノリで歌っているし、大雨による悲惨な状況や貧困に苦しむ人たちも、音楽が流れているところだけは皆楽しそうです。 教会からも楽しそうな歌声が流れてくるし、こんな環境で育ったら、リズム感も知らず知らずのうちに身に付くんだろうなあと思います。 さて、しばらくエネルギー充電のためラゴスを留守にしますので、HP更新も少々の間お休みします。 ラゴスに戻る前に、ひょっとするとアフリカの別の国に立ち寄るかもしれませんので、番外編でその特集でもして再開しようと思っています。 (どうなるかわかりません)
最近は電気がほとんど来ないので、発電機が一日中唸りを上げているのをいいことに、アパートの部屋で近所迷惑も顧みず、太鼓を叩きまくっています。 そうなると、どんどんいろいろな種類のものがほしくなって、気が付いたら短期間の内にこんなに増えてしまいました。 買ったはいいが、どうやって日本に持って帰るのだろうか。う~ん、どうしよう・・・
さて今回の一時帰国は、7月21日(木)の夕刻のフライト(ドバイ経由)で帰るつもりだったのですが、その1週間ほど前から、労働者組合が全国一斉ストライキを7月20日(水)から3日間の日程で行うという新聞報道がありました。 まあ国際線に影響を及ぼすことはないだろうと呑気に構えていて、航空券を手配してもらった旅行会社に念のため聞いても問題ないとのことだったので、それほど気にも止めずにこの日を迎えました。 この日の朝刊を見ると、どうやら労働者組合は本気でストをやるようで、空港がこの日の夜から閉鎖になるらしいとのこと。これはまずいと真剣に心配しはじめたところ、旅行会社からも飛行機は飛ばないかもしれないとの電話が入りました。 これは困りました。今回は帰国早々にどうしても日本で片付けなければいけない用事があったのですが、スト終了後にチケットを手配するとなると、どうしても帰国日は予定より3日は遅れてしまいます。 とりあえず旅行会社と直に話してみるかと、出張先から旅行会社に出向いたところ、状況はかなり悪いとのこと。 行き場の無い怒りを抑えつつ、その後のチケットの手配をお願いしようと思ったところ、旅行会社のおばちゃんが、「今晩ならまだ飛行機に乗れるかもしれない」と、ぼそっとつぶやきました。
慌ててその場で確認してもらったら、何とまだ若干空席があるではないですか。 しかしフライト時刻は20時50分、現在時刻が14時30分だから、飛行機が飛び立つまであと7時間もありません。 だいたい、まだ荷物のパッキングもまったくしていないし、ラゴスの道路渋滞を考えれば当然間に合わない時間なのですが、このままラゴスで何日も足止めされるのも悔しいので、その場で休暇変更の了承を取り付け、航空チケットをその日の夜のフライトに変更するという無謀な賭けに出でしまいました。 さてその後が大変、結局フライト変更の手続きがすべて終わったのが15時30分。 間の悪いことにパソコンなどはすべてオフィスに置いて出張に出ていたのですが、事務所に戻っている時間はないので、オフィスの駐車場に待機している私の運転手に電話で頼んで、パソコン他必要なものは持ってきてもらうように手配しました。 こちらは公用車で出張に来ていましたが、街はいつもの大渋滞。アパートに戻るだけで何時間かかるかわからないので、掟破りのバイクタクシーに飛び乗り、大至急アパートにもどって荷物のパッキングをすることにしました。 途中、あまりに焦ったので腕がぶるぶる震え始めましたが、とにかくこんなに焦った経験は我が人生初めての経験でした。 さて、バイクタクシーで飛ばしまくったものの、結局アパートについたのが16時30分。オフィスから戻った私の運転手も、ほぼ同時刻にアパートに戻りました。
とにかくすぐに空港へ向かわないと、過去に国内線ですが乗り遅れたこともあるので、荷物はもうとにかく目についたものだけを片っ端からスーツケースに詰め込んだものの、閉まらないからそのまま車の中へ持ち込み、汗びっしょりだったのでとりあえずシャワーだけ浴びてアパートを出たのが17時過ぎ。 夕刻の大渋滞時刻、それも混雑する方向に向かうから、車の中で荷物をスーツケースに詰め込みつつ、この作戦は失敗だったかと半分後悔しながら時計と睨めっこ。案の定、空港までの道路は大渋滞。 悪名高きラゴスの国際線乗り場は、ぎりぎりの時間に行くと、賄賂を求められる可能性が高くなるから、できれば19時にはチェックインしたいところだったのですが、こうなるともうフライト時間にそもそも間に合うかどうかという問題になってきました。 最後の手段はスーツケースを担いで、バイクタクシーに乗ろうかと思ったところ、運転手の頑張り(要は無謀な割り込み)により、何とか空港入りしたのが19時30分過ぎ。 空港職員は必ず何かくれと言ってくるのですが、あまりにこちらの形相がものすごかったためか、何も求められることもなく、適当に詰め込んだスーツケースを預けて、どうにか離陸30分ほど前に搭乗ゲートまで行くことができました。 空港ではもう放心状態。ひたすら心を落ち着かせて飛行機に乗り込みましたが、たまたま間にあったからよかったようなものの、こんなことは二度とするもんじゃないと、ドバイまでの飛行機の中で、深~く反省したのでした。
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