復旧再開館した福島県立博物館の入館状況が低調です。その理由の一つは、大きなシェアを占めている仙台方面の小中学校からの入館者が減少したこと。新幹線不通の影響ではありません。(彼らはバス移動です。)
理由は「放射能が危険なので福島へは行かない」とのこと。
オーマイガッツ! 仙台と会津若松は福島原発から“同じ”100キロなのに。
風評被害は同じ震災被害を受けた“東北の身内”にまで。HUKUSIMAは今、震災被害を受けた地域の中でも見下される立場になっているのです。
福島県飯舘村・・・政府から一ケ月という期限を切られて、原発被害から全村民の避難移動を命じられた村。
その指揮を執らなければならない村長の菅野典雄氏。
この方とは昔、一緒に仕事をする機会がありました。
初対面の時、「見識の高い指導力のある人物だな」と感じたことが思い出されます。
政治家ですから発言にはインパクトがある。それは「信念」の為せる技でしょう。
しかし、それを説得するにあたりとても丁寧なのです。
決して「相手をやり込める」だけの議論をしない。
意見の違う相手を「敵」とは見なさずに、相手の立場も尊重しながら「同志」になるよう説得できる。そんな人物でした。
中山間の阿武隈地域にある飯舘村と言えば、かつては「冷害の村」など悪い代名詞でしか報道されなかった村。
彼が村長になってからは酪農や林業を振興し、全国に『飯舘牛』の特産でも有名になりました。
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2500頭の飯舘牛
(殺処分?) |
そうして育ててきた村が「全村避難」の宣告を受ける。彼の無念たるや想像に余りあります。
その彼がうわべだけの「命が大切」に意義を唱えている…。
【菅野典雄村長によるマスコミ談話より抜粋】
「命が大切」と言ったり書いたりしていれば、誰からも非難されない。しかし、その犠牲になるのはここの住民なんです。
『なぜ、そんなところから避難させないんだ』という。農業、畜産から離れるリスクに目を向けてくれる人はいるのでしょうか。
もちろん、乳幼児、子どもや、あるいは、村の中でも放射線濃度の高い地域の人たちがそれでいい、ということではない。私たちは、それらの対策はすべてやっています。
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菅野典雄・飯舘村長 |
避難措置に伴う経済面、生活面、精神面、子どもへの影響など、大変に心配です。職場などは全部がらがらぽん。ほとんど倒産します。健康も悪化する、精神的にもおかしくなる。子供にも大きな影響を与えます。
よく考えてください。そういうリスクと、いまうちの村にいて、たとえば放射線を相対的に多く浴びる中にいて、実際に被害が出るリスク。天と地ほどの差があるのではないですか。」
『避難させることに伴うリスク』・・・実際、避難先で体力の弱い高齢者や障害者が次々と死亡している事実が報道され、自殺に至るケースまでありました。
決して、放射線専門家による「一定の基準」に基づいて『計画的避難』の措置をとった政府を非難する者ではありませんが、その判断の中に果たして『避難させることによるリスク』の斟酌はあったのか?
そのことは、少なくとも枝野官房長官の談話で言及されることはなく、あらゆる視点を考慮した「総合判断」であったのかどうか、大いに疑問が残るところです。
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菅直人総理 |
そうした中、産経新聞が4月26日配信のネット記事で『3・11大地震 菅首相を超える福島県飯舘村長の指導力』を報じました。
実に胸のすく記事でした。そして、もう一つ…
【4月26日配信 MSN産経ニュースより抜粋】
飯舘村の菅野典雄村長は3月20日までに“避難弱者”の高齢者らが万一の事態で混乱しないように、希望者約2千人を栃木県に集団避難させた。放射線量が高まると、妊産婦なども福島市へ。水道の飲用制限を受けた際は「給水車は要らない。ペットボトルをいただければ村の責任で全戸配布する」と言い切った。
菅野村長は「原子力災害は目に見えない。想像力を働かせて村民の立場で考える民間感覚が大事」と話す。計画的避難区域に指定され、「将来の復興を視野に、村の機能や産業をいかに維持するか」に心を砕く。
「計画的」に動いた村長と比べ、21日に福島入りした菅直人首相は頼りなかった。郡山市で原発周辺からの避難者を慰問したが、反応は冷ややか。「殺風景な男」との感想も聞かれた。有事に「守るぞ」という思いを伝えられなかった首相は「ダラ幹(菅)」そのもの。村長らの志を学んでほしい。(福島支局長 中川真)
本当に「総合判断」なら何も言いますまい。
ただ仮に、放射線専門家だけの一面的な意見で「計画的避難」の判断が為されたとしたら…。
人の絆、産業、雇用、歴史、2,500頭の飯舘牛を含めて一つのコミュニティを喪失させる結果は余りに重いものと言わざるをえないでしょう。
それは「金銭保障」のレベルの問題ではありません。
《配信:2011.4.27》
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