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「windblue」 by MIDIBOX


ファッション業界紙の記者をやっていた時に世話になった元広報部長が浅草に住んでいて、浅草ROXの書店リブロで17時に待ち合わせ、その後2軒飲んだ。

 
 2軒目の居酒屋「安楽亭」で食べた牡蠣。

 牡蠣の後の渡り蟹が絶品だった。日本酒は静岡の銘酒「磯自慢」を合わせた。

 2軒目の居酒屋は浅草寺の裏にあるが、飲んだ後にそこから歩いて浅草寺境内の夜景を楽しんだ。

 いやあ、夜の浅草寺がこんなに壮麗・美麗だとは知らなかった。

 

 

 浅草寺(せんそうじ)の向かって右横にある浅草神社(あさくさじんじゃ)にも寄った。こちらがいわゆる三社様である。

 

 浅草寺は仏教寺院、浅草神社は神道の神社だが、もちろんつながりがある。ちょっと長くなるがWikipediaなどによる解説を引用しておく。

◆『浅草寺と浅草神社について』(Wikipediaなどによる)

 浅草寺に祀られているのは聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)の尊像。その尊像を発見したのは、漁師である檜前浜成(ひのくまのはまなり)と武成(たけなり)の兄弟です。隅田川で漁をしていたところ、網に同じ人形の像が繰り返し繰り返し掛かった。不思議に思い持ち帰って見てもらった。その尊像が聖観世音菩薩であることを明らかにしたのが、郷土の文化人だった土師真中知(はじのあたいなかとも)。この3人が尊像を祀ったことで、浅草寺の歴史が始まったとされています。

 浅草寺ができた後、土師の子孫が聖観世音菩薩から夢の中でお告げを受けます。その内容は、「聖観世音菩薩を浅草寺に祀った3人の功績は称すべきものだから、浅草寺の傍らに3人を祀った三社権現(さんじゃごんげん)と建てなさい。」というもの。これにより、浅草神社の起源である「三社権現社」が創建されました。

 正確な年代は不明ですが、平安末期から鎌倉初期以降に三社権現社が創建されたと考えられています。1868年、明治政府により発せられた神仏分離令により社名を三社明神社へ改名。1873年に浅草の総鎮守(そうちんじゅ)として、現在の浅草神社に定められました。この名残から、浅草神社は「三社様」としても親しまれています。

 浅草神社の社殿は徳川家光により1649年に建立されたもの。度重なる火災や戦争、関東大震災などの被害を免れ、浅草神社の社殿は1951年に国の重要文化財に指定されました。

 建物全体の彩色とうるしの劣化が激しいため1996年に塗り直され、鮮やかな色彩を取り戻した浅草神社の社殿。外壁は塗り直されましたが、建立から350年以上たった今も当時の面影が残されています。

 浅草寺近くにはこんなものもあった(笑)。

 

 かなり歩いて腹が減ったので、浅草駅から乗った銀座線の上野で途中下車してアメ横にある「らーめん鴨to葱 上野御徒町本店」(最寄駅は御徒町)で鴨らーめん1080円を食べた。

 

 この店は食べログ評価3.73の上野ナンバーワンの高評価店だがなんと24時間営業している。

 店に着いたのは22時30分。私の前に10人ほど行列(ほとんどが外国人)があって30分待った。並んだ甲斐はあった。この店は今年2度目の訪問。

 新宿の小滝橋通りにある「鴨to葱 新宿西口店]にも一度入っているから、今年3度目ということになる。無意識に何となく入っているが、よほど気に入っているようだ。

(2026.10.30「岸波通信」配信 by 三浦彰 &葉羽)

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