2月23日(月・祝)、新国立劇場でヴェルディのオペラ「リゴレット」の5日間公演の第3日目を鑑賞した。
新国立劇場による「あらすじ」は以下のURLの通り。
◆オペラ「リゴレット」のあらすじ(新国立劇場)
【第1幕】マントヴァ公爵の宮廷。ある夜会にモンテローネ伯爵が乱入し、娘を陵辱したマントヴァ公爵を大声で非難する。道化師リゴレットは嘲笑するが、激昂したモンテローネ伯爵からマントヴァ公爵と一緒に呪いの言葉を投げられ、狼狽する。不具で醜いリゴレットの生き甲斐は娘のジルダだった。彼は清純な愛娘が汚されるのを恐れ、教会に行く以外は外出も許さなかった。だが、学生に身をやつしたマントヴァ公爵が教会でジルダを見初め、隠れ家に忍び込んで娘の心を奪ってしまう。一方、公爵の威を借るリゴレットに我慢のならない廷臣達は、ジルダを彼の情婦と思い込み、鬱憤晴らしに彼女を誘拐する。
【第2幕】ジルダが何者かにさらわれて公爵が気落ちしていると、廷臣たちがジルダを誘拐してくるので公爵は喜ぶ。リゴレットは平静を装って宮廷に参内し、落ち着きなく娘の痕跡を探す姿を、廷臣たちがあざ笑う。やがて娘が公爵の寝室にいることを知ったリゴレットは、怒り、泣く。そして、動転したジルダから公爵の毒牙にかかったことを聞き、公爵を呪い、復讐を誓う。
【第3幕】殺し屋スパラフチーレの居酒屋。リゴレットはジルダと外に佇み、公爵が士官に変装して居酒屋で女と戯れる様子を見ている。居酒屋の女は殺し屋の妹マッダレーナだった。ジルダは公爵の本性を知るが恋心は消えない。娘を先に行かせたリゴレットはスパラフチーレに公爵殺しを依頼する。殺し屋が準備を始めると公爵に惚れた妹マッダレーナが反対し、口論の末「身代わりを殺して報酬だけせしめよう」と決着する。それを立ち聞きしていたジルダは身代わりになると決意、居酒屋に入り、スパラフチーレの刃を受ける。真夜中が過ぎ、殺し屋から死体の袋を受け取ったリゴレットは、そこに瀕死の娘ジルダの姿を目にする。娘は身勝手を父に詫びながら息絶え、リゴレットは呪いの恐ろしさに打ちのめされる。 |
オーケストラは東京交響楽団、合唱は新国立劇場合唱団(指揮:三澤洋史)。指揮、演出およびキャストは以下の通り。

今回の公演は、2023年に新制作されたエミリオ・サージによるプロダクションの2回目の公演だった。
このプロダクションは読み替えもほとんどなくオーソドックスなプロダクションだが、第2幕(宮殿)と第3幕(スパラフチーレの家)は幕を下ろさずに暗転してセットを変えている。

歌手については、やはりリゴレット役のウラディーミル・ストヤノフ(バリトン)が素晴らしい。声量はそこそこだが美声で感情表現が上手い。演技も自然で役になりきっている。
ジルダ役の中村恵理(ソプラノ)も声のサイズは大きくないが、イントネーションが安定して実に歌唱が上手い。特に重唱のハモリが実にいいのだ。
さらにマントヴァ公爵のローレンス・ブラウンリー(テノール)が美声だがやはり声のサイズが小さ目で声を張り上げることもないきちんとした歌唱。女好きの暴君という感じからは程遠い。
主役の3人がこんな感じで実に音楽的なものだから、根っからのイタリア・オペラファンはちょっと欲求不満だったかもしれないが、私には実に好ましかった。第3幕後半の有名な四重唱(主役3人とマッダレーナ)など惚れ惚れするような出来栄えだった。
この主役3人に対して、暴れまくったのが、殺し屋スパラフチーレ役の斉木健詞(バス)とその妹マッダレーナ役の清水華澄(メゾソプラノ)。斉木のドスの効いたバスは強烈。また清水とブラウンリーのベッドシーンがかなりキワドくて驚いた。そう言えば、こんな注意書きがあった。(↓)

こんな注意書き今までにあったかしら。加えてこの兄妹は近親相姦の関係を暗示すような仕草をしていた。このサージ演出以外にもそういう解釈があるようだ。しかし兄妹で美人局まがいの殺人商売に近親相姦とは恐れ入る。殺害シーンもかなり残虐だ。
もうひとつ特筆したいのが、ダニエレ・カッレガーリ指揮の東京交響楽団だ。前述したように声のサイズがさほど大きくなくて音楽的な歌唱をする主役3人を伴奏するので、オーケストラの音量も控え目だが、実に芯のあるピアニッシモだ。
しかし、終結での震撼するようなフォルティッシモは圧巻だった。このカッレガーリも、このプロダクションの新国立劇場初演(2023年)を指揮したマウリツィオ・ベニーニ(オーケストラは東京フィル)同様のイタリア・オペラ専門の名匠と言えるようだ。歌手は歌いやすそうだった。
私は今回予習用に天才グスターボ・ドゥダメル(当時32歳)指揮ミラノ・スカラ座の2013年の来日公演の録画を事前鑑賞していたが、伴奏の酷さに驚いていた。やはりイタリア・オペラはイタリア人指揮者だ。
グスターボ・ドゥダメル
ヴェルディの中期3大傑作(「リゴレット」「イル・トロヴァトーレ」「椿姫」)の最初のオペラがこの「リゴレット」なのだが、後期の重厚で渋いオペラにはないヴェルディの天才的な閃きが至る所に感じられる。
例えば私は、リゴレットと殺し屋スパラフチーレの深夜の初対面の音楽に強く惹かれる。不気味な場面なのに何故か甘美な音楽が流れる。インモラルなものに惹かれる人間の蠢動を遺憾なく表現している。
全くもってヴェルディの人間探求力というのは恐ろしい。