プリマドンナたちが一度は歌ってみたい役に挙げるベスト3は、ヴィオレッタ(「椿姫」)、カルメン、トスカということになるらしい。この3つにドイツオペラのイゾルデ(「トリスタンとイゾルデ」)を加える場合もある。
不世出の名ソプラノのマリア・カラスはこのイゾルデを歌うのが念願で、その結果喉を痛めて歌手人生の終わりを早めたというエピソードがある。
1月17日にハイアットリージェンシー京都で「コシノヒロコさんの喜寿を祝う会」が催された。政財界、百貨店、取引先、芸能界などから300人の来場者が正装で集う着席式の本格的な宴だった。
来賓挨拶に立ったのはこの会の発起人でもあるダイキン工業の井上礼之・会長兼CEO、イオンの二木英徳・名誉相談役、小松ストアの小坂敬・社長、乾杯の音頭は宮内義彦・オリックス会長・グループCEO、鏡割りは鳩山友紀夫・元首相という顔ぶれ。
宴は午後2時から4時間続いたが、その間のアトラクションも多士済々。ジャズピアノの松永貴志、クラシックピアノの熊本マリ、さらに、六代目桂文枝(元桂三枝)が「ヒロコ・コバナシ」という小篠家にまつわるかなり際どい内容が盛り込まれたこの会限り演じ切りのオフレコ落語を披露。
さらにサプライズゲストの槇原敬之が登場して「世界にひとつだけの花」を歌うという具合い。コシノヒロコの東京コレクションを思わせるようなこれでもかというような盛り沢山のパーティだった。
主役のコシノヒロコは「僭越ですが芦屋に続いて一昨年には銀座にもギャラリーをオープンし、画家の道も歩んでいます。古希(70歳)の時にも祝う会を開いていただきましたが、その時は120歳まで頑張りますとご挨拶しましたが、おかあちゃん(小篠綾子、2006年に満92歳で死去)の口癖『これからやでえ』を見習って130歳まで頑張りますということにします」と宣言して万場の拍手を浴びた。
夢を語っているわけではない。本当に実現してしまいそうな勢いだ。
この会では、名取りでもある三味線を披露したが、本人の弁にあるように最近はギャラリーを開いて画家としての本格的な仕事も始めている。多芸多才、何をやっても、ひとかどの人物になったであろうと思わせる才女である。
しかし彼女の多芸多才も、ファッションの世界での成功があったればこそである。ファッションデザイナーとしてコシノヒロコほどビジネス的に成功を収めた女性は稀だろう。
さてコシノヒロコの知名度が以前にもまして国民的なものになったのは、なんと言ってもNHK朝の連続TVドラマ「カーネーション」(2011年下半期)の存在が大きかった。
彼女はこのドラマに描かれた岸和田ダンジリ祭りといった自らのルーツを誇りにしている。その関西的な大らかさが見ていても実に微笑ましい。
彼女の東京コレクションは、毎回質量ともに傑出した存在だが、「円熟」の境地とか「枯れた世界」とは一切無縁のエネルギッシュなものだ。
「喜寿」を迎えたからといってそこに変化が表れるとは到底思えない。いつまでも溌剌としたヒロコの世界を見せて欲しいものだ。
翌1月18日には上野の東京文化会館でジャパン・アーツ企画制作のオペラ「夕鶴」(木下順二・原作、團伊玖磨・作曲)の初日の幕が切って落とされた。
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人気ソプラノ佐藤しのぶが初めて主役のおつうを歌うのに加えて、市川右近による新演出、千住博の美術が話題になっており、4月まで日本全国で上演されるが、もう一人忘れてならないのが衣裳を担当する森英恵だ。
前述のコシノヒロコは1月15日生まれだが、森英恵はその一週間前の1926年1月8日生まれ。本人や周囲は声高には言わないが、いわゆる米寿(88歳)を迎えたばかりだ。
日本ファッションのパイオニアとして、フランス・オートクチュールの正会員として活躍し、文化勲章(96年)、レジオンドヌール勲章(2002年)など数々の栄誉に浴して来た。
「ハナエモリ」ブランド監修に加えて、今回の「夕鶴」は久方振りの舞台衣装。原作では「いつともしれない物語どこともしれない雪の中の村」という設定だが、通常は着物姿で演じられることが多いオペラだが、今回は冒頭の子供たちのカラフルな近未来的な衣装にまず驚かされる。
単に村の子供という存在ではなく、普遍的な未来につながる純真さを表現していることが終幕の再登場で納得できる。
与ひょうを始めとする男声陣の衣裳も違和感は全く感じなかったが、やはり主役のつうの衣裳は、和と西洋の融合を生涯のテーマにした森英恵らしい大家の芸で千住博の背景画とともに醸し出す抒情美に打たれた。
2日続けて喜寿と米寿を迎えたばかりのファッションデザイナーのパワーを見せつけられたが、ファッション業界は世界を見渡しても、カール・ラガーフェルド(80歳)、ジョルジオ・アルマーニ(79歳)、ラルフ・ローレン(74歳)、を頂点にする超高齢化社会でもある。
もちろん、こうしたデザイナーたちも厳しく苦しい若き日の下積みがあったから輝かしい今日がある。
現代の若きデザイナーに彼らのようになれという時代ではもうないだろう。しかし、ファッションに対する夢や希望は捨ててほしくないものである。
(2014.1.26「岸波通信」配信 by
葉羽&三浦彰)
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