相変わらず、ラーメンの問い合わせが多い。
私は一応ファッション・ジャーナリストで、ファッションのことなら、どの質問者よりも大概詳しい。30年も仕事にしているのだから当たり前である。
同様にクラシック音楽、ジャズ、落語、映画、ギャンブルにも一家言あると自負しているし、それなりに最新の情報も集めている。
しかしそれらについて、何か書いてくれの依頼はおろか、この曲やこの噺はどのCDで聞いたらいいのかなんていう問いすらまず皆無(語ろうと思えば文学もサッカーも政治も経済も語れるが、それは酒場談義のレベル)。
一方、どこのラーメンが旨いのか、あそこのラーメンをどう思うのかという問いはひきもきらない。我ながら腹立たしい。
ラーメン好きのオジサンのレッテルが定着しているようだ。またラーメンがそれだけ人口に膾炙しているということでもあるのだろう。
腹立たしさついでに、ラーメン日記でも出版しようかと思うが、これはさすがに自粛している。
どういうわけか、先日酩酊して終電の山手線をオーバーランしてしまい、気がつけば田町駅(正直に書けば私の乗り継ぎ駅は山手線180度向かいの高田馬場である)。
強烈に空腹を覚え、さらに久しぶりにラーメンを食べたくなったのである。
慶応大学に通じる中通りをぶらぶらしていると、「三田製麺所」の看板が目に入る。都内でチェーン展開しているつけ麺屋である。仕方なくこの店に入る。
金曜日ということもあって、8人掛けのカウンターには、深夜だというのに5人ほどの客が座ってつけ麺をすすっている。
カップルもいれば、女子ひとりで豪快につけ麺を頬張っているのもいる。改めて言うことでもないが、女子の進出がラーメン屋でも最近著しい。
夏だから、昼間の暑さが引いたとは言え、ラーメンを食べる元気はなく、つけ麺の「中」を自販機で買って(300g、700円)カウンターに座る。
「少し柔らかめに」という注文もつけた。どうも行過ぎたアルデンテ至上主義が最近のつけ麺屋では蔓延しているが、困ったものだ。
「少し柔らかめ」だと通常よりも6、7分時間がかかる。
その間、前からの疑問「三田製麺所の発祥はこの三田店なのか?」をレジのオヤジに尋ねると、「そうです。製麺はここでやって、支店に回していたが、店が増えすぎてもう無理」とのこと。
そうこうしているうちに、つけ麺登場。(※右の背景画像⇒)
ツヤツヤの麺は丼に一杯盛られ、やっぱり「並」(200グラム)にするのだったなと反省。値段が同じなので欲張った。
ドロドロのスープに海苔が浮いて、その海苔に魚粉が載っている。つけ麺界の帝王として君臨する六厘舎のパクリであろう。ハッキリ言ってクドイ。
一体このドロドロは豚骨などの動物系脂肪なのだろうが、どう考えてもやり過ぎだ。これに麺をドップリ浸してズルズル啜る。
これは、50過ぎのメタボオヤジが食うものではないだろう。さっさと家に帰って黒ウーロン茶を飲んで寝るべきだった。
そもそもつけ麺は、東池袋大勝軒を創業しラーメンの神様と現在謳われる山岸一雄氏が、永福町大勝軒で修行中に賄い食として考案したものだ。
現在隆盛を極める大勝軒グループの看板メニューである。一度ある店でつけ麺の調理を観察したが、なんとつけ汁の大サジ山盛りの砂糖を投入している。
神様山岸もどっかのインタビューでこの砂糖の重要性を強調していたから間違いない。この大サジ砂糖を見てから、私は大勝軒系のつけ麺が食べられなくなった。
これに限らず、現在ラーメン市場を席巻するつけ麺に、いわゆるラーメンの職人芸的な複雑な味わいに比べ、誰にでもできるようなマニュアル化した安易さが感じられて仕方がない。
ラーメン界のファストフードとは言わないが、それに近いものなのではないか。
付言すれば、麺も極太がほとんどだから、茹で加減が失敗することは滅多にない。
何から何まで、チェーン展開を前提にした、素人にもできるマニュアルで固められたのがつけ麺であるような気がしてならない。
もっともラーメンでも、スープは冷凍スープの解凍、麺茹でもストップウォッチでマニュアル化しているチェーンは枚挙に暇がないのではあるが。
それでも、チェーン化せず、つけ麺も出さないという頑固な店もないわけだはない。そういう店にしぼって、私はラーメン道を究めたいと思う。
もう残されている時間は少ないのだから。
(2012.9.1「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)
(2012.9.1「岸波通信」配信 by
葉羽&三浦彰)
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