新国立劇場オペラパレスの新シーズンが10月2日のワーグナーのオペラ「パルジファル」で開幕した。
今シーズンから指揮者の飯守泰次郎が同劇場オペラ部門の芸術監督に就任したが、芸術監督が自ら選びタクトを振ったオペラは、同劇場で初上演になる「パルジファル」だった。
(※右の背景画像:「魔法の城の支配者クリングゾルと魔性の女クンドリー(第2幕)」撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場」)⇒
ワーグナーオペラの聖地バイロイトで指揮者ピエール・ブーレーズの助手を務めるなど、日本で随一のワーグナー指揮者と称される飯守が指揮する東京フィルが見事な演奏で「こんなに凄い演奏ができるんだ」と驚かせた。
新国立劇場では外国人指揮者のもとで演奏することが多い同オーケストラだが、飯守・新芸術監督のもとで気合いが入っていたのだろうか。是非このレベルを次も持続して欲しいものである。
またグルネマンツ役のジョン・トムリンソン、クンドリー役のエヴェリン・ヘルリツィウスを始めとして歌手については最高水準といって過言ではない素晴らしい出来栄えだった(10月5日)。
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聖なる愚か者パルジファルを誘惑しようと
する花の乙女たち(第2幕)
撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場
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演出は鬼才ハリー・クプファーによる新プロダクションだ。
セリをフル稼働させ、メッサーと呼ばれる聖槍の先端を連想させる機械仕掛けの物体を巧みに用いたり、64万個のLEDをジグザグの「光の道」で使うなど大がかりな舞台だ。
白い宇宙服風の聖杯騎士団やパルジファルを誘惑する花の乙女のビキニなどはフューチャリスティックなもので、「スタートレック」などのスペースオペラを連想させるのだが、ここに突然、3人の日本の僧侶が現れる。
剃髪して、黒服に柿渋の袈裟をかけている。悟りを開いた存在のようだ。この黙役3人がクプファー演出の最大のポイントである(言うまでもなくワーグナーの脚本には存在しない)。
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登場した三人の僧侶
撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場
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クプファーの演出メモによれば聖杯騎士団もその頂点であるアンフォルタス王も、教条主義になってしまったキリスト教のエゴの象徴だという。
そうしたエゴを捨てた東洋的あるいは仏教的な「共苦」の世界の象徴として3人の僧が登場しているのだとクプファーは演出の狙いを語っている。
「パルジファル」はワーグナーの最後の作品だが晩年のワーグナーは仏教に興味を持ちキリスト教の源流はユダヤ教ではなく仏教だと考えていたというのだ。
これを演出の骨子にしたハリー・クプファー、鬼才はまだまだ健在である。
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3人の僧と死なせてくれと哀願するアンフォルタスを
なだめるグルネマンツ(第3幕)
撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場
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この「パルジファル」が人生最後のオペラであることをワーグナー本人は知っていたのだろう。
宗教的な恍惚と陶酔に溢れ、時として熱烈な信仰を表す奔流の噴出はあるけれども、その底流にあるのはやはり人生の最後に差し掛かった者のみが持つ消し難い疲労感と諦念だろう。本当に美しい音楽だ。
そして、ワーグナーのオペラの中で「ニーベルグの指輪4部作」の第4部「神々の黄昏」と並んで最長(4時間半)のオペラである。
これだけ美しい音楽が4時間半も聴けるということに感謝すべきではあるが、前夜は睡眠を十分にとって、新国立劇場に行かれることをお勧めする。
美しいけれども、恐るべき催眠効果も併せ持っているからだ。
ワーグナーファンのみならず必聴の公演である。
(2014.10.20「岸波通信」配信 by
葉羽&三浦彰)
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