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1925年にベルリン国立歌劇場でエーリッヒ・クライバーの指揮により137回の稽古を経て初演されたアルバン・ベルク作曲のオペラ「ヴォツェック」は89年を経た現在も20世紀に初演されたオペラのチャンピオンとして君臨している。

 オペラ演出を手掛ける演出家のほとんど、そしてオペラ上演に関心のある指揮者のほとんどがその上演を希望する名作だ。

舞台は中吊りの小部屋と水を張った大舞台の2面構成。
役者が動くたびにバシャバシャと水音がする。

新国立劇場オペラ「ヴォツェック」(2014年4月)
撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場

 ゲオルク・ビューヒナー(1813~1837)によって1835年に書かれた戯曲(未完)は、床屋上がりの貧しい兵士が不倫を犯した内縁の妻を刺殺するという1821年に実際にあった事件をもとに書かれた。

 社会の底辺に生きる男が疎外されて殺人を犯すというストーリーは、現代においても普遍的なテーマで、特に演出家にとっては触手が伸びる作品だ。

 その音楽は惚れ惚れするほど美しくかつ凶暴である。12音技法を使った世界初のオペラと言われているが、そんなに聴き辛い音楽ではない。

 シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの音楽が好きな私の偏見だろうか。少なくとも劇場でオペラを見ている分には、その音楽が難解に感じることはない。

ヴォツェック役のゲオルク・二グルと
その内縁の妻マリー役のエレナ・ツィトコーワ

新国立劇場オペラ「ヴォツェック」(2014年4月)
撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場

 さて今回の新国立劇場の公演は2009年の再演(バイエルン州立歌劇場との共同制作)だが、このアンドレアス・クリーゲンブルクの演出による舞台は、名演出、怪演出、迷演出が頻出する「ヴォツェック」演出の中でも、特筆される存在だ。

 前後に動く宙吊りの小部屋と水を張った大舞台の2つの舞台による構成が休憩なしの90分のオペラを弛緩なく見せる。

 「バシャバシャ・ヴォツェック」の異名があるが、役者が動くたびに水が撥ねる音がする。「ベルクの音楽を水音が邪魔をする」という批判もあるが、これは好悪の分かれるところだろう。

 加えて、ヴォツェックの息子がこの演出では、すべてを見通した恐るべき子供として、壁に「GELD(金)」「HURE(娼婦)」などのイタズラ書きをするという設定もやはり、評価の分かれるところだ。

 象徴性が強く、戯画化のきつい(登場人物のメイクや体型など)演出だから、私はいずれも成功していると思う。

ヴォツェックの子供がすべてを見通している存在という演出

新国立劇場オペラ「ヴォツェック」(2014年4月)
撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場

 しかし、この「ヴォツェック」というオペラは本当に救いようがない。救いのなさではブリテンの「ピーター・グライムズ」(これも新国立劇場で2012年10月に上演されて話題になった)と双璧ではないだろうか。

 クラシック音楽愛好家、特にオペラファンには、音楽は人の心を豊かにして、人生に潤いを与えるものだと考えている人々が多いと思うが、たまには、こういう苦くショッパイ音楽も良いものだと思うが。

 ただ、今回の上演は、2009年時の上演に比べると、いささか迫真性や悲劇性が薄れ一種のカリカチュア的側面が強調されているように思った(再演演出はバルバラ・ヴェーバー)。まあ、完成度が高くて、楽しめる演奏だったとも言えるが。

 ヴォツェック役のゲオルク・ニグルの手のうちに入った表現、その内縁の妻マリー役のエレナ・ツィトコーワの美貌と演技は水準以上だったが、ワキ役の大尉(ヴォツェックの上官)役のヴォルフガング・シュミットの巧み過ぎる演技などがこのオペラのカリカチュア性を強調する結果になったのかもしれない。

 初めて「ヴォツェック」を聴く方には是非勧めたい舞台だ。

                

(2014.6.25「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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