この数年間を振り返ると、日本にも本格的に欧米型の「格差社会」が到来したなあというのが実感だ。
ファッション市場でも、そうした経済の動きを反映して、一種の「構造改革」が見られ始めている。
振り返ると、1991年に日本のバブル経済が崩壊して以来、日本に限らず世界のファッション市場の大テーマは、「ラグジュアリーの大衆化」だった。
この現象がまさにバブル崩壊後に現出したのは、まさに皮肉ではあるが、ラグジュアリー・ブランド側の実に巧みな戦略があった。
その主役を担ったのは、ハンドバッグだった。
「ルイ・ヴィトン」を筆頭にして、ハンドバッグをメインにしたラグジュアリー・ブランドが大きく売り上げを伸ばしたのだ。
ファッションの主役がウエアからハンドバッグへ交代したとも言えた。
ウエアなら上下で30万円を下らないブランドでもハンドバッグなら10万~15万円で購入できて、しかも1シーズンで着られなくなるウエアと違って、2年、3年と使えるハンドバッグの投資価値ははるかに高かったのである。
Tシャツにダメージ加工されたジーンズにルイ・ヴィトンのバッグを合わせたコーディネイト、これこそ典型的な大衆化されたラグジュアリーだった。
もちろんこうした流れを読んで、バッグのファッション化も進んだが、やはり豊富なアーカイブ(かつてのヒットデザイン)を持っている歴史・伝統に支えられたラグジュアリー・ブランドの優位は動かなかったのだ。
特に1億総中流と言われた日本では、「ハンドバッグ天国」の様相を呈するに至った。
しかし、こうした流れにも変化が訪れようとしている。
個人的な感想かもしれないが、毎日のようにブランドの発表会やイベント・パーティを取材して、最近感じることは、海外の宝飾・時計ブランドの催しがやたらに増えているということだ。
従来主役だったハンドバッグを主力にしたラグジュアリー・ブランドの催しをはるかに上回る規模・回数なのだ。
日本戦略に本腰を入れている証拠とも言えるだろう。
日本のハイジュエリー市場を牛耳っているラグジュアリー・ブランドと言えば、いわゆる御三家「カルティエ」「ティファニー」(いずれも小売価格で年商約600億円規模)「ブルガリ」(同約250億円)が突出した存在だ。
それぞれフランス、アメリカ(ニューヨーク)、イタリアを代表する存在だ。
しかし、これを追うブランドの動きが目についている。
まずフランス勢。
カルティエ以外に、パリ・ヴァンドーム広場に本社をおくグラン・サンク(5大ブランド)と呼ばれるブシュロン、ショーメ、ヴァンクリーフ&アーペル、モーブッサン、メレリオ・デ・メレーがあるが、メレリオをのぞいていずれも日本法人を設立して日本戦略を本格化している。
立ち遅れたメレリオも3年以内には日本法人設立を目指している。
グラン・サンクの中では、一昨年ブランド設立100年を迎えたヴァンクリーフが「アルハンブラ」ライン(3点ある写真のうち一番上)の大ヒットで急拡大したのが注目されているが、いずれも売り上げは好調だ。
付け加えれば、ブシュロン(3点ある写真のうち真ん中)はグッチ・グループの傘下、ショーメ(3点ある写真のうち一番下)はLVMHグループ(ルイ・ヴィトンのグループ)傘下、ヴァンクリーフはリシュモン・グループ(カルティエのグル-プ)の傘下だ。
さらに、ハイジュエリーブランドとして御三家を追う四番手として忘れてならないのはシャネルだ。
大台(年商100億円)乗せも間近とみられている。
この他にも、イタリアブランドとしては、ポメラート、ダミアーニなど、アメリカブランドとしては、ハリー・ウィンストンが売り上げを伸ばしている。
いずれも従来の百貨店や宝飾専門店のガラスケースでの販売ではなく、その中に売り場をきちんと構えたり、自ら路面店をオープンさせるなどいわゆる直営戦略に切り替えているのが、目につく。
そして最近もっとも注目されるのは、各ブランドが一様に高額品の商品に力を入れていることだ。
~格差社会が生んだニューリッチ層がメインターゲット~
世界ナンバーワンのダイヤモンドの供給元であるデビアスとLVMHグループが合弁で設立したデビアスLV社のギィ・レマリー最高経営責任者(CEO)は、2006年7月の来日時、「日本で、3カラット以上のダイヤが入っている商品を指名買いする動きが顕著」と語っていた。
またダミアーニのグィド・ダミアーニCEOは同年10月の来日時「あるシリーズがあると、かつては安い商品から売れたが、今はまるで逆。ゴージャスなものから売れている。価格は二の次という感じ」と見ている。
二人の発言を聞くと、明らかにハイジュエリー・マーケットに変化が起こっているのがわかる。
90年代、日本のハイジュエリー市場を拡大させたのは、買い求めやすい時計とブライダルジュエリーだった。
その需要が一巡すると、売り上げは伸び悩んだ。
前述した御三家といえども例外ではなかった。
各ブランドは行き過ぎた「大衆化」マーケティングの修正を図らなければならなかった。
その修正のポイントは「ラグジュアリー」の原点に戻ることだった。
本来のプレステージを取り戻した「リアル・ラグジュアリー」への回帰である。
そうした原点回帰は、徐々に成果を上げたが、それを後押ししたのが小泉構造改革だった。
構造改革は結果として、本格的な格差社会を日本に誕生させた。
ラグジュアリー・ブランドにとっては「ニューリッチ層」の誕生という嬉しい事態が現出した。
前述したように、ハイジュエリーの売れ筋が、高額なゴージャスラインにシフトしているのは、景気回復というよりも、そうした「ニューリッチ層」の旺盛な購買によるものだろう。
そうしたニューリッチの購買は、かつてのバブル時代を髣髴とさせるが、それとは一線を画する。
彼らが日本のラグジュアリー需要の第二、あるいは第三世代にあたるため、その本物を知った、洗練されたブランド審美眼はかなりのレベルに達している。
こうしたニューリッチを主役に、新しいラグジュアリー需要の時代が始まろうとしている。
「リアル・ラグジュアリーの時代」と呼んでもいいかもしれない。
ハンドバッグが主役の「ラグジュアリーの大衆化時代」から、「リアル・ラグジュアリーの時代」へ。
そして、その主役はどうもハイジュエリーということになりそうだ。
(2008.2.15「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)
~2006年11月27日の記事に加筆~)
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