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Story&Illust by 森晶緒
“Brown on Blue” by 佑樹のMusic-Room
Site arranged by 葉羽

 

<soul-109> ねずみ

 真野は天を仰いだまま呟いた。

「福喜さんに教えられてわかるんじゃ罰当たりだけど、
 おじいちゃんずっと守っててくれてた。成仏したはずなのに・・・」

 泣くかな?と明は思ったが真野はそのまま背を向けていた。

 人生は戻らない。生きる道は一方通行にも見える。だがあんなふざけた連中もいる。

 不可思議なこの世の中で、胸の中に熱い塊が産み落とされたように沸き上がる。

 明もベンチから立ち上がると、真野の斜め後ろに立った。風にたなびく長い髪から、きちんと洗われた香料の強いシャンプーの香りと、真野の汗や匂いが混じって明の鼻腔をくすぐった。

「俺は元からこうなんじゃない。こうなっちまったんだ。
 全部ひっくるめて俺だから、だったら受け入れるとこから始めなきゃ、
 いつまで経っても『お兄さん』や『明坊』のまんまだ」

「それも嫌いじゃないよ」

 真野は言ってから照れているのか、首の後ろで髪を束ねるように手を組んだ。

 幽霊たちとは全く別物の、正体のないものを欲し続けてきた。だが今明はベンチの前に立ったまま、真野の背に声を投げている。

「真野は俺を、疑わないんだな」

「そりゃ、あんな場所で会ってるもん。疑って欲しいの?」

 首を振っていた。明は広がる空の模様を見た。

 人の脳はうまくできていて、一度覚えたことは忘れたつもりでも忘れないらしい。生々しい息遣いははっきりと耳に遺す。生涯消えない虹みたいだと思った。

「踊ってみる?」

 意図しない明の誘いに、振り返った真野の瞳の澄んだ透明な光りは幻ではなかった。

「マジで?ここ病院だよ?」

「アホも二人いれば心強い」

 すっと真野の片方の手を取り明が下がると、真野は合わせて前へ数歩進む。手から体温が伝わる。あの時には全く感じなかった体温が。

「あたしの体はあったかいね」

 真野も同じことを考えていたらしい。実生活に復帰していない、まだ青白い肌は実体だ。

「じっと見ないで。皺っぽいから」

 むくれる真野の手を引いて、踊りの真似をしてみる。

 雲間の光に柔らかに包まれ、瞳がキラキラと反射して明の頬骨の辺りをくすぐって正視できない。

 場所柄もわきまえず真野の足元に細心の注意を払う。つまづいたりしないようにゆっくりとテンポを取るその瞬間にも、あの歓声と感嘆が蘇る。

 明は自分に言い聞かせた。思う様、怖れていい。人には計り知れない可能性もあるんだろうから。

 上から覗くと、真野の自分の肩の向こうを見る瞳の憧憬に、明は声が聞こえた気がした。あの明るい騒がしい声たちが。

 真野は軽くステップを踏みながら口ずさんだ。

「歳をとるって怖いイメージだったけど、その分チャンスがあるんだね」

「チャンスがあったって人間は馬鹿だから、必ず迷うんだよ」

 顔をしかめて不平を露わす真野に、踊るステップで重心を真野の方へ傾けた瞬間、真野が体重を支えきれずに後ろに転びそうになり、慌てて明は真野の背中に手を添えた。

「大丈夫かよ?」

「あと、もうちょっと筋力つけなきゃね。課題が多いよ」

 真野はか細い指でしっかりと握る明の片方の手は離さなかった。足元に力を入れ直して体勢を整え、真野は明の再び組まれた両手はそのままに皮肉っぽく笑った。

「こんだけできれば今は万々歳だよ」

「だーから、何歳?」

「聞くう?」

 面白がって上目遣いに茶化す真野に、

「あ、ねずみ」

 呟いた瞬間小さく奇声を発し身を縮めてぶつかってくる真野を受け止めて、明はすぐさま白状した。

「うっそ」

 ギッと睨む、ようやく真野らしい勝ち気な瞳を認めると、明は心が緩む。

「あのねずみだって、まだどっかでは生きてんだろ。
 あの夜だってなくなったりはしねーよ。
 どんだけでかいかわかんないほど広い世界に、
 真野がいると思うと、俺は夜眠れた」

【2018.5.19 Release】TO BE CONTINUED⇒

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