<soul-108> 家族の絆
真野は押し黙った。
明の脳裏に真野の意地を張る顔が浮かぶ。
幼い頃から両親にずっと明が示してきた。色んなものを投げ出すことで注意を引きたかった。
それも叶わず、ズタズタにして、プライドすら持ってもしょうがないと悟らせたのは、社会よりもあいつが先だ。
奏。
「同時に子供心に、どうしてなのかな。
守らないとって、兄ちゃんの命を。そんな気はしてた。
未だになんで立ち直れたのかはかわかんね。
聞きたくはないし聞いた試しもない」
それほど明に深い傷を負わせても、兄は現在健やかさを身につけている。
それでも両親と自分たちにまとわりつく、もしかして自分たちにもほんのちょっとでも要因があったのではと、影のように存在する自責の念。
「だから・・親はいつもあいつにかかりきりだったから、
誰にもあんま頼っちゃいけない気がして・・・・
それより兄貴に頼んのが自分で許せなかった。
さっきも電話で頼れって言われたのに・・・俺の方が止まってんだよ」
ふっと肩の荷が再び下りた気がして、明は穏やかに、真野に告げていた。
「あんだけ兄貴も苦しんだのは、きっと生きたいからだったんだろ。
でも半分は本気で死にたがってた。
実際兄貴はあれで地獄見たから、何が大事かすげえわかってんだ。
だからさ、どこで道が開けるかなんて見えないんだよ。
きっと誰にもそれはわからない」
真野は逡巡して、明から吸収するように息を大きく吸った。
明は虚ろに雲の陰影を見ていた。
俺が振り返ればあいつの背中があった。
決してこちらを見ないあいつの背が、今なら震えていたと気付く。
あいつは親二人からあれほど心配を受けても、幼いこの俺に叫んでた。
俺はいていいのか。居て許されるものなのか?
捨て鉢のあいつが俺を介して世界を見なくなったのが、せめてもの救いだった。あいつはあいつの人生を見つけた。
「あんた本当は頭悪いの?」
突然の真野の発言に、明は現在に引き戻されて脇を見た。
真っ直ぐ前を向く横顔の真野の睫毛がやけに近い。
「お兄さん中心じゃなく、自分だって、
親にもお兄さんにも認めてもらいたいんじゃないの?だって家族でしょ?」
明は最後までかかっていた霞の正体を見付けた心持になった。
「俺さ・・・今更兄貴に会いに行く理由がわからなかったんだ。
姪っ子は確かに可愛いけど・・・許してるとは言い切れないのに。
でもなんか、そうだな。そんなもんなのかもな」
あれほど激烈で苦しかった記憶が、いつの間にかまろみを帯び今の兄の土台を作る。
家族・・・知らないで巻き込まれて、知らないで立ち上がっている。
明は足を開いて膝の辺りで手を組むと、リラックスした調子で真野に打ち明けた。
「佐山さんたちが騒いでたろ。働くのを添え物みたいに扱うなって。
俺は今まで仕事は、金っていう対価のためのものでしかないと思ってきた。 そう思わなきゃやってられないし、今もそれで構わない。
だけど今回のことで、コミュニティの一つでもあるって、思い知らされた
・・・・会社も仕事も疲れるし自分だって見失う。
怒られるし、キツイし、やだけど、きっとなんか、
俺の方が持たされてるもんもあるんじゃないかって」
率直な眼差しで、いつの間にか真野は明を見つめている。
明は顔を伏せた。
大きなことを言ってしまったかもしれない。
だが、俺の人生も、まだ誰にも奪えない。信じるのみだ。
真野はふんと鼻で息を吐いて、けやきの梢にまだ強い風に吹かれている葉を見据えて
「大人も縛られてんのも、悪ではないんだね。
あたしは自由過ぎて・・・霊体になったからかなあ。
重さと軽さ、どっちが哀しいんだろうね」
真野はよいしょとまだしんどそうにゆっくり立ち上がると、すこしふらつく足元もそのまま、パジャマの裾を引っ張って、ゆっくり弓なりに体を逸らせて空を仰いだ。
生憎の曇り空だが、雲間の光は、過ぎ去った激しさを修復するように隅々を照らし出す。
【2018.5.11 Release】TO BE CONTINUED⇒