<soul-102> 探索開始
「いいです」
「え?バイト代だよ?」
「もうバイトじゃなくなったから」
「・・・・」
素っ頓狂な顔をしている二階堂に、明は惜しそうに片眼を瞑って札を睨んだ。
「正直むっちゃ欲しいんすけど・・・・貰っちゃおうかな」
「ここで貰ったら男がすたる!っておばあちゃんどやされるよ・・と言いつつ、本当にいいの?」
念を押す二階堂に、明は思案する顔を向けて、
「当面の目標は決まったんで」
「目標?・・・」
「人探し」
一刻も早くと胸の中で唱える明に、通じないだろうと思っていた二階堂は、意外にもピンときたのか目を泳がせた。
「あー?・・役に立つかわからないけど、
一番念を押された言伝。壁を見ろ!だってさ。
倉庫だったら人が来る前に入っちゃった方がいいよ。よいしょっ。
じゃあ、お疲れ」
万札を黒革のパンツの後ろポケットにねじ込んでから、ショルダーバックのサイドポケットの懐中電灯を取り出して明に握らせた二階堂は、ニコッと笑って他のメンバーが待つ駐車場へ去って行った。
明は懐中電灯を訝しげに見下ろしてから、もう一度朝日に映える潮の薫る清々しい海を眺めた。
閂扉は相変わらずギギギッと重い金属音を響かせたが、中はうってかわってひっそりと息を引き取ったかに静まりかえっていた。
倉庫内は、灯り取り窓は西側にだけ設けられているためか、窓からの陽光も上の方のみを舞う塵を照らすだけで、空気が循環した後とは思えない。
明はそろそろと歩くのにカツンと足音が異様に響く暗闇を、懐中電灯でぐるっと巡らした。
バンドがあった辺りの背後の一番奥の壁に何か黒っぽいものが見えた気がして、足元を照らして進みながら知らずに息を詰めた。奥は漆黒の闇と同化している。
自分が眉根を寄せているのも見えない暗闇に、懐中電灯を壁の辺りに照らすと、先に黒いものは確かにあった。
腕を引いて当たる光を広範囲にすると、闇の中で浮かんだ光景に戦慄を覚えた。
灰色の壁に、どす黒く滴たらせた水で書かれた文字が、身の毛もよだつ様子で縦に三行で染みになっている。
『倉苑真野は
汐花町そうごうびょういんに
いる』
字が潰れないようにご丁寧にひらがながで書かれた文字がおどろおどろしさを煽って、明が飲み残したペットボトルの水は、まるでホラー映画の猟奇的、又は悪霊の仕業を彷彿とさせる。
明は思わず叫んでいた。
「こんなとこだけオカルトかよ!」
同僚の須川の独り暮らしのアパートは、偶然にも倉庫の場所から歩きで30分、同じ汐花町の繁華街の外れにあった。
相当古そうなモルタルのアパートに、一度だけ飲み会の帰りに潰れた須川を送り届けた記憶が役に立った。
老朽化したひびも入った壁に、ニ階では須川の貫禄ある体型とでかさは床を踏み抜きそうな上に、階段は苦では無いのかと逆に心配になる。
早朝、出社前の起き抜けに訪問して朝の貴重な時間を20分も粘って、薄い壁の隣近所の迷惑も顧みず、明は玄関先で押し問答の末にようやく借金の交渉に成功した。
須川は財布から抜き取った万札を胡散臭さそう明に手渡すと、丁寧に札を畳んでズボンのポケットにしまう明に、まだまだ眠そうな目をショボつかせて不機嫌な声でなじった。
「これで充分だろ?全く図々しい。なにがなんでも来月の給料日には返せよ」
「助かる」
ネクタイはなく、シャツ姿でジャケットだけを腕に掛けて恐縮して唇を引き結ぶ明を、須川は一つ欠伸を噛み殺して煩わしそうに追い払った。
「さっさと行けよ。会社でな」
「おう」
【2018.2.7 Release】TO BE CONTINUED⇒