<soul-101> 覚醒
×××
背後でガタガタと近づく物音で明は目が醒めた。
よっぽど疲れていたのだろうが、しゃがみ込んだまま腕から顔を上げると、まだ日の出の予兆で、せいぜい20分程度の居眠りだったようだ。
一縷、ラストメモリーが再生されるように過る。
自分は悔まないと散々自負していたのに、真逆の正義を、悔いてもいいのだと認めてしまえば、意外にも心は安んじていた。
今度は、はっきりとした足音を背後に感じ、明はびくっと立ち上がって振り返りざまに呼んでいた。
「真野」
しかし背後から来たのは、機材の入った黒いナイロン製のショルダーバックを重そうに担いだ二階堂だった。仕度を終えた二階堂は微妙な笑みで立っている。
「ごめんね。変なことにつき合わせちゃって」
明が頭を振ると、二階堂は脇の下に挟んで抱えてきた、明のきちんと畳まれた背広のジャケットとネクタイを差し出して、興奮冷めやらぬ口角を上げた。
「機材の前に置いてあったよ。君のでしょ?
意外とポルターガイストってのはマジで体験すると面白いね。
悪意が無いってわかってるからだけど」
「全部見えてたんすか?」
ジャケットとネクタイを受け取りながら思わず聞く明に二階堂は頭を振って、
「君とおばあちゃんと、物はね。
君は一人でバタバタわーわー、パントマイム経験者かと疑ったよ」
渋い顔で否定する明に、ははと軽く笑った二階堂は
「でもダンス、してたのかな?あの時は、演奏中に熱気があった。
おばあちゃんは若返るし、踊るもんかと驚いたよ・・・
そしたら彼女の声が」
固まる、二階堂の言葉に、明の表情を汲み取った二階堂は切なそうに顔をしかめて目を潤ませた。
「歌は耳には聞こえなかった。ただ身体に聴こえた。
ありゃあ、幻じゃなかったね。まさか再び聴けるとは」
ふっと悲しげに微笑んで俯くと、二階堂は気を取り直して顔を上げ
「おばあちゃんが現れなければ、僕だって、受け入れ難かったろうな。
彼は信じたいものを信じてるだけだってね」
そう言って相好を崩した。
「彼」はもちろん、ピアニストのことだろう。
二階堂は肩の荷が下りたのか朗らかに
「機材も、もう撤収して、照明も落としたから。
管理会社の人にでもバレないうちに撤収しないと。
ああ、でも、見てみなよ。もうすぐ夜が明ける」
どことなく凛とした福喜の面影が射した気がして、頬を照り返すオレンジに染まる海を見渡した。
陽光の中、ザザザザとなびく波紋にコロコロと煌めく無数の粒が乱反射して、燦々と輝きを運んで行く。
上空はすっかり水色に朝の模様替えを済ませ、真新しい朝に明は自分の掌を見た。まごうことなき明の掌には、太い生命線がくっきりとある。
顔を上げると、眩しすぎて焦点を失うほどの、全てをあまねく照らす太陽の端が緩やかに昇り始めていた。
騒がしくて優しい夜は明けた。
薄明るかった線でできた街が、日の出を反射させて立体の形を陰りと共につくり始める。
ここじゃないどこかへ、ずっと逃げ出したかった。だが朝の陽の光は自分の内臓まで温めるほど、体中を照らしている。
ふいに思う。形が違えど彼女にも純真はあったのかもしれない。
彼女に会うまで明は誰かに関わりたいと本気で思いはしなかった。灯った灯まで消す必要はないのだ。
明は、ほろほろと崩れる胸の詰まりに、もう煩いも悩みも、海に返そうと思った。
黄金に染まる夜明けの海に見惚れていた二階堂が話しかけて来た。
「電源が生きてるこんな場所、よくおばあちゃんも見つけてきたよ。
さて、みんな待ってるから。はい!約束の6万。
手持ちが足りないから他のメンバーに借りたんだよ?」
恩着せがましく扇状に開いて差し出す6枚の万札に、一瞬明は向きあうと手が動いたが、躊躇して手を引いた。
【2018.1.31 Release】TO BE CONTINUED⇒