<soul-99> 引き止められし者
重力に逆らった浮遊はずらっと列を成して、けたたましい歓声やどよめきの緒を引きながら、見えない道を迷わずに上昇していく。
様々な半透明なひしめく幽霊たちは、これも色形も様々な半透明となった乗物からかしましく喚きあい、行く手は地上とは反転してはいるが、賑やかさはさながら優勝記念の凱旋パレードだ。
天空へと向かう行程から、去りゆく眼下はどう見えているのか。
直立不動で見上げたまま目が釘付けだった明には見えた。和風の人力車の黒布の覆いの陰から桃色の髪が薄くなびいているのが。
遠目にも、十勢が荷車の陰から身を乗り出して、ちぎれんばかりに小さくなるばかりの手を振ってくる。
真野は力の限り手を振っていた。
「ありがとう!!ありがとう!!大好き!!」
叫ぶ先を浮上し遠のく、不可思議で当たり前の年季の入った一団は、一路月へと揚々とした声すらもみるみる小さくなって遠ざかる後引きに、明は感慨が胸に刺さった。
時空を超えていく。歌と一緒だ。響きかえっていく。
見逃すまいと目を凝らすのに、大所帯の騒ぎは声も掠れてさえずりとなり、遂にはゆらゆらとして霞んだかと思うと、ぼうっと薄らいで、列が加速した拍子に忽然と姿を消した。
幽霊全ての一団が、乗り物も含めて夜の闇に跡形もなく消え去った。
時間が、経ったのか止まったのか、一瞬明は判断できなかった。
やがて真野のパタンと下ろした手の力の無さに、明はハッと我に返った。
真野は白色の腕を口に押し付け、残された二人分がいたたまれないのか、沈痛な面持ちで喉を鳴らす。
泣けと言っておいて、泣かれたままで女の子の傍らにいる気ずまりに耐える度量もない明はつい伺った。
「あんま悲しまない方が、あいつらも心おきなく逝けるんじゃ」
「悲しいんだもん!もう今寂しいんだもん!!」
10代らしいストレートな悲しみが、明をかえってホッとさせていた。
幽霊たちが逝った軌跡をまだ仰ぐ明に、真野はギュッと両手を握りしめて、胸の高さで祈りを捧げると、口元から嗚咽に近くほろっと漏らした。
「あんたが、あんたが残ったから・・・・
生きてんのもまんざらじゃないって引き止めたから」
真野の意外な台詞に、明は首の後ろがむずがゆくなりながら、プレッシャーをかけまいと口にした。
「・・・まだチャンスとかあんなら・・
どういう事情かは知らんけど。自分で選んだんなら思い直して」
顔を上げた真野が遮って噛みついた。
「・・・自殺じゃないもん!!」
「うん・・・何となくわかってるけど・・」
真野は決してあの連中と一緒に逝きたいとは口にはしなかった。
はなから念頭にはないのに、他の選択肢が思い当たらずに言葉のあやで言ってしまった後悔をしきりに巡らす間に、真野は打ちひしがれて振り絞った。
「あの世があるなら・・・本当は成仏してほしいよ。
皆には幸せになって欲しい。でも側にいて欲しいの・・・・
受け入れられないんだもん。いっつも。
心のやり場がわからない。あたしは脆くて」
明は真野の方へ体を傾げると
「あのひと達だって、元は生きてたんだからさ。
周りよおっく見渡してみれば、お前にも誰かはいんじゃねえの?
0ってことねえだろ」
真野は髪を振り乱して怒声を浴びせた。
「あたしの何がわかんのよ!!」
シュンッと、空気が鳴ったかと思うと、目を擦る一陣の風に視界を奪われた明が、目をしばたたいて真野を探した時には、真野の白っぽいシルエットはどこにもなく消え去っていた。
一人置いてけぼりで残された明の辺り一体を、海の音が急に現実感を伴って包んだ。
【2018.1.13 Release】TO BE CONTINUED⇒