<soul-98> 解放のとき
清宮は凪ぎの笑顔を崩した。
「今のままで十分。背伸びしなくとも。満足だがんね」
民は、まだ紅潮した顔で
「明君。真野ちゃん。ありがとう。体にだけは気を付けて」
案じる声は微かに震えていた。
希和子は妖艶さを印度更紗のさらさらした袖の内にしまって
「痛手があっても、恋はいいものよー。どんどんしなさいね。
愛があれば、この世はどこまでも芳醇なものになるわ」
にっこりと鈴の音で声を掛けた。
自分でも気付かずに歯を食い縛っていた明をそのままに、福喜はまだぐずつく真野の肩を掴んで引きはがし、しっかりと立たせると、白っぽい真野の肩をドスンと叩いて一喝した。
「しゃきっとおし」
思わず鼻を啜る真野から、もう離れて沢山の大幽霊一団のひしめき合う輪の中へ、他のダンスメンバーと共に去っていった。
辛さに耐えられずに俯いてこぼす真野の涙は、キラキラとした白色で、地面に落ちることなく蒸発したかに消え去った。
ただ隣に立つ明に、
「あたしだって素直になりたい・・でも、もう会えないなんて」
明は幽霊の喧噪に負けないために語気を強めた。
「俺・・・イイ時も悪い時もごちゃごちゃで。
いつもしょーがねーって自分に言い聞かせてきた。
でも仕方ないって言い訳にも聞こえるよな。
今はもういいから、泣くだけ泣け!」
「!」
真野は涙でいっぱいの瞳を大きく見開くと、ギュッと瞑って頷いた。
世界各国時代を超えた乗り物と、まとまりのない半透明の集団がごった返す中で、助八がこの期に及んで意気揚々と袖をたくしあげ、泳ぐ仕草で海の方へちょこまか向かおうとするのを、人混みを縫い他の幽霊たちが止めている。
「わし泳いで来る」きっとそんな戯言を言っているのだろう。予想がつく自分に明はハッと笑ってしまった。
温かい笑いは、ついさっき一夜限りの関係でも、とっくに濃密に焼き付いているのだ。
アジア圏であろうネオン色が雑多に飾られた三輪の人力車の足置きに跨って立つ福喜は、仁王立ちでやおら喧噪をつんざいて叫んだ。右腕を掲げ月に人差し指を指す。
明は目を奪われた。
福喜のどら声は騒々しい外の夜気にもよく通る。
「あたしが指す先は見通せない。だがね、勘が騒ぐのさ。
遡りはしない、溢れるように時は流れる。
だからこそ、辛いからこそ楽しさを。苦しい時には笑いをまぶすんだ。
この世は歌さ。この歌を永遠(とわ)に!!」
両手を高々と掲げ人力車まで独壇場にすると、はみ出そうな両手指先は漲る粒子でも放射するかのように誇り高く宙に広げられた。たぎる宣誓は、高らかな解放だった。
地上から、重力から、命から。
時間からさえ。
意味不明の実存感が、迫力のまま胸を打つ。
得体の知れない強力な理が明の胴を貫く。
目印になる。膨大な夜空を背に、讃えるここが新天地に思えた。
明の知る幽霊はもとより、周囲の数十人の関係のない他の幽霊連中までもが、聴衆よろしく、他意もなく静粛さなど、はなから存在しないためか、脈絡や辻褄など求めずに溌剌と喝采した。お祭り騒ぎだ。
血が騒ぐ
射抜かれた明は
『だから死んでんのかよ?マジで』頭で呟いた途端、声になっていた。
「やっぱ、あの婆さんだな」
瞬間バシッと頭をはたかれた。
咄嗟に目を瞑ると、誰が叩いたかは明白だったが確かめる以前に、目を開けた先に起こっている事象は夢幻のようだった。
もう全ての幽霊たちを乗せた乗り物は出航し、浮上して夜のしじまを裂いて、一本の神々しい蛇のごとく光りを帯びて月へと進路を向けていた。
【2017.12.19 Release】TO BE CONTINUED⇒