<soul-97> それぞれの遺言
「なんだい、赤ちゃん返りかい?」
ツテがニカっと欠けた歯を剥き出して冷やかすと、真野はもっとぎゅっと福喜に顔を埋めた。
福喜は困った様子もなく初めて明かした。
「お前をどうして迎えにいったか・・・
お前のひいじいさん、あのお人が夢枕に立ったのさ。
『あの子、孫子をよろしくお頼み申します』って頭を下げてね。
あの子が誰かもそんときゃ知らなかったが、
気が付きゃあたしは亡くなってから、あのお人の家の跡に立ってたんだ。
しばらくしてあんたが居た。
ぽつねんと立つのを見つけた時に、やっと合点がいったんだ。
まあ、そのせいであたしも多少彷徨っちまったがね」
福喜の顔を豊で穏やかな表情が覆った。
「あんたの大嫌いな裏があったのさ。
しかし枕元に立ったあのお人は・・年輪も関係なかったね。
一瞬にして青春が蘇ったよ。ただただ懐かしかった。
それだけの話が、踊ってみると、あんたもだろう。
何かが吹っ飛んだよ」
驚くほど寂しげな福喜の始めて見せる微笑みに、哀悼を感じるのは生者だけではないことを明は感じ取った。
「死んでまで頼まれごとなんて面倒だな」
寂しさに憎まれ口を叩く明をいなして、福喜は軽く笑い、真野の頭を見下ろした。
「真野。死んでみないとわかんねえように、おんなじさ。
生きてみなけりゃわからない。一発逆転が相場じゃねえ。
それでも生きてくためには、忘れる力じゃ足りないんだよ。
一つずつその場その場でやってきた人間の底力だけが、
誰とも違う根っこを生やすのさ。
根を張り、草を知り解き放たれる。粋だろ?
あるべき道が死なんだ。
いくらごねてみたところで、お前はもう分かってるね?」
「わかる」
声だけを返す真野の頭頂部に、ふっと心からの笑顔を降らす福喜に、明は声を掛けたかった。
どうして今頃気づいたのだろう。皆、他の集まった幽霊共々半透明だ。時間はもうそこまで迫っている。
福喜はそのまま辺りを見回し、気のない素振りで明に言葉を残した。
「明よ。何であんたにはあたしらが見えるか?
あんたに決めたあたしら全員が、入って来たあんたに、
全部の残った強い情を注ぎこんだんだよ。
幽霊の方からできるのはそんくらいさ。
だからあの歌手は、あの相手の旦那には見えたんだろうね。
始まりなんてそんなもんさ。
だがね、今夜を成立させたのはお前だよ」
明は、沁み渡るあの歌声のように、緩やかで湧き出る想いに胸が詰まった。
傷ついて、傷つけられまいと傷つける。臆病なくせに、考えはいつも及ばない。明のその姿が見えていた彼女に対して、今のこの感情は抱けなかった。
死は平等で固執しやすい。準備もできない。ただただそこに行き着くのみ。
哀愁に近いが、憂う意味ではなく明はやっと理解した。奏。あいつも病んだままじゃない。肌が粟立つように感じる。
歩み出た仙吉が、ぎゅっと明の手を透ける両手で握りしめた。
「駄目だなおいらのおつむも。いいダジャレが見つからねえや。
さよなら三角またきて四角」
我も我もと明に幽霊たちが声を掛けた。同時に真野にも語りかけて。
「真野ちゃん、明君、大人になってね。
かっこいい大人や、お母さんみたいに優しい大人に」
辛さも忘れて熱く朗らかに告げる十勢に、真野は顔を上げた。
露子はしっかりとした口調で
「とにかく元気が一番。
ご飯をよおっく、美味しくお召し上がりなさいな」
「肉体仕事もできる位、体鍛えときなよ?
何が起こるか分からねえからねえ。女だってだよ」
にへえっと欠けた歯を見せびらかしてツテは満面の笑顔を向ける。
助八は渋い表情を作って
「女にゃとにかく気を付けろ?
くれぐれも殺されんようになあ」
バシバシと明の肩を叩くと、佐山が
「二人共無理はし過ぎないように」
親しく親の目線で微笑みかける。
【2017.12.12 Release】TO BE CONTINUED⇒