<soul-96> 背中の悲しみ
腰に手を当てふん反り返る福喜の脇から、皆が顔を出して戻って来た。
清宮は相変わらずの凪ぎの微笑みで
「真野ちゃん。あなたも自然そのものなんですよ。区分けなんてできねべ」
訛りで本心を伝え、露子は穏やかに満足そうに頷いた。
「気持ちだって変わるでしょ。でも私達は変われない。
真野ちゃん、あなた達にはこれからが、道が、おありになるの」
キッパリとした微笑みには、もはやこの世の未練は見当たらない。
真野を思いやる幽霊たちの眼差しが痛いのか、真野は苦み走った眼で空を、歯を食い縛って睨んでいる。
明は真野の心情をおもんばかり、そいっと話を逸らすためと、最期の前に聞いておきたかったことを近付いて福喜に訊ねた。
「今夜何で俺通るって知ってたの?誰でも良かったのか?」
福喜の代わりに助八が答えた。
「あんちゃんに決めとったが、二、三日くっついて調べとったんじゃー。
尾行っつーやつか?うまくやったろい」
「おいらに任せて下さいって言ったんだがなあ。こちとらプロですぜ?」
仙吉が歯がゆそうに顔をしかめて割って入ると、二人をずずいっと後ろに両手で退かせ、福喜は明の正面に立った。
一直線の眼差しに、明は視線を外して愚痴った。
「金には確かに困ってる。でも俺のは名前負け。
あんたらみたいに、明るくもなんともない。普通のダメな男だろ」
卑下する明を諌めるでもなく、福喜は静かに声を落とした。
「あんたの背中には悲しみがあった。色恋沙汰じゃない。
命のやり取りを体感したんだろう」
明の目は焦点を失った。思い当たる節は一つしかない。
「明」
まともに名を呼ぶ福喜に、返事一つさえできない明に、福喜はフッと鼻を鳴らして真剣さを消すと…
「どうしてかなんて知らないが、
死に対する無関心さがお前の体には無かった。
無関心と、頓着しないのは別さね。
あんたはあたしらに頓着しなかったが、
見てるもんを打ち捨てもしなかったろう?霊は鼻が効くのさ」
「・・・・・」
沈黙する明を前に、福喜は元から真っ直ぐな姿勢を更に凛と立て
「真野も聞いとくれ。ダンスはもちろん一つは歌手のためだった。
だがもう一方ではあたし個人の問題だ。
真野。お前のひいじいさんを覚えてるかい?
お前が『じいさん』子だって言ってるのは、祖父じゃなくて、
その又親の、あのお人のことだね?」
「・・・・」
どうして、しかも曽祖父を知っているのかと真野が目を上げると、福喜はようやく元の高慢な笑顔を見せた。
今となると、そちらの方が気安く優しくさえ感じられる。
「あのお人は言ったのさ。どんな時も歌が救ってくれるってね。
むかーし昔、あたしがまだ少女の頃。
ダンスをあのお人と踊ってみたかったよ。叶わぬ淡い夢さ。
仙吉っつあんが言うような幸先明るいか、わかろうはずあない。
苦しみは人間にはつきものだ。
だがね明、あんたの背中に見たものは、悲しみだけじゃあなかった。
あん時あたしにゃ先が見えたのさ」
「先?」
オウム返しで聞く明に、福喜らしい体でふふんと鼻を鳴らし
「あんただって幾ら若かろうが、いつ死んだっておかしくはないよ。
しかしまるで、そうさね・・・
川風に煽られても橋の上から遠くの山懐に広がる、新緑を垣間見た。
ような気がしたのさ。気が。どうだい、詩人だろ?」
「自画自賛」
一蹴して不愉快さを隠そうともしない真野に、福喜は笑顔で
「怨むんじゃないよ。人の世はあっと言う間だからね」
真野はもう限界の様子で、唇を噛み、瞳から涙が溢れた。
わっと素早く動いたかと思うと、長身の福喜の胸下にしがみつき、真野は福喜の胸に顔を埋め、くぐもった声で叫んだ。
「みんなをずーっとずーっと覚えていたい。
傍に居たい!!逝かないで!」
「今度ばかりはあたしらの息抜きが終わったんだよ」
福喜は抱き返しはしなかったが、真野をくっつけたまま、腰に手を当てたまま言い含めた。
【2017.11.28 Release】TO BE CONTINUED⇒