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Story&Illust by 森晶緒
“Brown on Blue” by 佑樹のMusic-Room
Site arranged by 葉羽

 

<soul-94> ありえない音域

 ピアノの低く唸るようなアダージョが間奏に入り、ズドズドとしたリズムも越えて、あたかも声は天翔る天上の舞い姫、冥界の呪術師と音を繰り替えて、ありえない音域を壮大に渡りながら、小気味よくパッションを湧き出し続ける。

 歌の洪水が血を内側からたぎらせる。アクセントの強い演奏に突入すると、更に盛り上がった圧巻な躍動は、幽霊たちも自分も呼応して踊らせ、正に溢れ出す歓喜そのものだった。

 どうして音楽は魂を掘り返し、沁み入って、体は踊ってしまうのか。人間の根本にこれ程溢れ出る物が内在していたのか。

 音域を唱えわけ歌手は自在に空間を泳ぐ。溶けた音楽に身を委ねて、いつか知っていたように心が震える。

「踊らにゃ!!」

 多分叫んだのは助八だろう。

 小柄な若者は地団駄の形で床を踏み叩き、勢いに乗って小さな体の身軽さで、高く大きなジャンプを見せた。

 福喜はゆったりとスイングして腕を揺らしその場で回って見せる。

 若い佐山も、はち切れんばかりの笑顔で体を揺すっている。

 ドラムとベース、サックスが重厚な饗宴を連打し、スティックが交差する。

 スウィングが全体を揺らして、地面が鳴る。おぼつかないほど足元は床を弾く。幸せだった。

 音と歌に飲み込まれ、跳ねる姿を目の当たりにし、明は心から湧いてくる気持ちに、蓋などできなかった。

 生まれて初めての、しかし体が既に知っていたかに思える感動が、体中を血の流れと共に駆け巡る。

「何で俺を選んだ」じゃない。俺を選んでくれたんだ。この人々が明日には無い存在でも。

 明はいつも悔しいと思ってきた。伝えきれないものが殆どだ。己を知る人は余計にどこを見回してもいはしない。

 だがどうだろう。この瞬間、伝わるものが確かにある。

 全ての響きが胸に迫る。

 歌はレクイエムではなかった。むしろ夜明けの時の声として、歌手はこれ以上があったのかと音域を上げた。

 響く声の突き抜ける尊さに、その場の誰もが震えた。

 素人の明でも並々ならぬ歌い手であることは明らかに分かっていた。だが名があるなしより、この場に全部が注がれている。

 最後の一声の伸びをヴィブラートで出し切ると、声は音を友としてこだましてコンクリートの壁までビリビリとゆらしそうだった。

 淀みのない空間が、音楽に戻る。

 そしてゆっくりと息を吸う仕草で、シンガーは人間に戻った。

 ちんまりと大きな体を鎮めてそこに立ち尽くす。音楽の終焉と共に、皆がゆっくりと立ち止る。踊り終えて、明は汗が引かない。

 次の瞬間、跳ねた鼓動が再び跳ねる度肝を抜かれるほどの歓声と拍手で満ち満ちた。

 ダンスメンバーも、バンドも、お互いには知り得ない存在が、惜しみない拍手を送っている。

 福喜は恍惚ともとれる表情で、顔を天井に向けた。

「魂が浄化されるようだね」

 明はドキッとして幽霊連中を見た。まさか、今?もういなくなるのか?

 しかし、誰も笑い合っている以外ぴくりとも変化は起こらない。

 安堵とも、拍子抜けとも言えない力が抜けて、肩を落として息を切らしながら明は喚いた。

「消えないじゃないか!?」

 キョトンとした幽霊連中の中で、ケラケラと福喜は笑い転げた。

 バンドメンバーには、幽霊連中は相変わらず見えていない雰囲気だが、シンガーの存在を感じ取っているのか、目の前のマイクが落ちたその場に、肩で息をして熱い眼差しを送っている。

 当の彼女はピアニストと情熱的に視線を交わしてから、先に幽霊たちに向いて、笑顔をこぼした。

「アリガツトゥー,ゴザマス」

 ぎこちないがお辞儀をしてパッと開くその笑顔に、明は胸がすくと同時に喉が詰まった。一方通行じゃなかった。

【2017.11.1 Release】TO BE CONTINUED⇒

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