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Story&Illust by 森晶緒
“Brown on Blue” by 佑樹のMusic-Room
Site arranged by 葉羽

 

<soul-93> 最後の曲

 音と、光の歪曲か蒸気の錯覚か、確かめる術もなく明は真野の肩を見つめた。

 不思議な感覚が、足元から頭の先までせりあがる。命の全てを肯定される、天にも届くような声は、人の元来の魅力が形となって旋律に沿い、解放の祈りを含み、さらさらと満たしたものが柔らかに消えていく。

 音に身を委ね、一同は、抒情を存分に浴びて、踊り続けた。

 シンガーは体から溢れ出る熱情を静かに歌い上げると、囁く呟きの最後の小節で歌を厳かに締めくくった。

 静かに演奏の楽曲は続き、しっとりとしたまま曲の終わりで皆がダンスの足を止めると、ピアノの最後の一音を合図に、バンドメンバーは上気した顔で、お互いを見交わしていた。

 囁きが演者のどちらからともなくこぼれ、ピアニストはゆっくりと指で指示して耳を澄ませた。

 明からは口の形しか読み取れないシンガーのリクエストをちゃんと聞きとったピアニストは、何とも言えない微笑みを讃え、バンドの方を向いて指示した。

 向き直って電子ピアノの鍵盤に、そっと指を置いたピアニストは、ゆっくりと噛みしめながら再び微笑みでバンドに振り返り英語で語った。

「This is a last Song.Let‘s make it happy!」(最後の曲だよ。陽気に行こう!)

 ドラムが打ち鳴らされた。

 ベース、サックス、ピアノが阿吽の呼吸で力強いリズムを弾きだした。

 三曲目は一転、アップテンポなステップが自然と交差する重厚かつ軽快なサウンドだ。

 唄う前から音楽で幽霊たちは踊り出し、今までのワルツ的なステップをかなぐり捨て、体を揺すり、肩を揺すり、足を激しく動かして床に打ち鳴らし、体の隅々までテンポに乗って踊り出した。

 リズムをとるのが苦手な清宮に倣い真似て、まだ幼い十勢も、ピョンピョンと跳ねて跳んで自分なりのリズムに乗り勢いを増す。

 歌手が歌い出すと更に一気に過熱した。

 スキャットも入ったシンガーのノリのいい流暢な英語の歌に、手を引かれてくるりっと一回転した赤地に白の水玉の裾を翻し、下のペチコートの白いレースが水玉同様映える。

 スカートをひらめかせたのはツテだろう。ツテはそのまま跳ねて、エナメルシューズの裏を打ち鳴らす。

 仙吉はツイストを踊りながら器用にリードしてもう一回転させるところだ。

 確かこの曲は『Sing Sing Sing』

 昔、明の親がテレビで観ていた映画でかかっていた曲名を思い出した間にも、興奮の熱気が水蒸気を上げて、バンド、歌と混然一体となってダンスが床を跳ね上げる。

 熱く麻痺した感覚のみではない。流れる血流のコアが、大地の息吹の如く皆を地面から盛り上げる。

 この幽霊連中も正体のあるものではないのかもしれない。むしろ感じ入る響きそのもののような、そんな思いさえ掠めてさらう。

 最初は不安だった。ここにきてからよりも、目の端で理解していた、バンドに見えている踊り手は自分だけ。

 そして黒人シンガーも又幽霊ならば、彼女が見えているのは生者の中では自分とあの黒人のピアニストのみだ。

 他のバンドマンには歌が届いているのか?

 自分がこのバンド、シンガー、ダンスメンバー三点のつなぎ目になっている。

 明はむやみやたらと腕を動かし足でリズムを刻み、ふっと頭の片隅で信じた。

 傍から見ればただ一人踊る自分が滑稽だとしても、俺は今心を体現している。照れる暇もない。

 目の前の真野はいつの間にか満面の笑みでステップに身を任せて踊り、不意に伸ばした手で明の手を掴まえると、くるくると明の手を引っ張って明の方をその場で回した。

 男女逆だろうと反論も浮かばない内に、真野がとてもかわいらしく輝いて見えて、明はがむしゃらに踊った。

【2017.10.16 Release】TO BE CONTINUED⇒

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