<soul-92> 星降る夜
シンガーの歌は、人の域を悠々と超えていた。
まるで神の囁きの如く光って遠いところから、次の瞬間には地面から沸騰するマグマを連想させて熱を帯び、地響きを伝える身体は、楽器とも形容しがたい、音楽そのものが形となった姿だ。
空間の概念も消失し、ただひたすらにあるべき場所へ、帰る道しるべのように透き通るヴォイスは、高く高く飛翔して楽園へと誘いながらも、根底に流れる迫力と茶目っ気のあるジャズ独特のファンタスティックなノスタルジアが、ルーツを手繰り寄せ、耳にする明たちの頭から喉に心地よく流れ落ちてくる。
時折台詞調に英語を唱えてユニークに肩を揺らしてリズムを楽しむシンガーの、その大きな世界に押されて体は踊る。
ステップなんて大して踏めてはいないだろう。
しかし明にはもう意識して体を止めることができない。
真野にまだリードされてはいたが、音楽が体をどう動かせばいいか明示するように、ひたすらステップと体を揺する。
音楽が、人の声即ち歌が、ここまでのものとは明は今の今まで知らなかった。魂なのだろうか・・
脳内に充満する調べは、そんな些細な思いつきも意識までは運んで来ない。もう何も捉えるものは無かった。
シンガーは朗々と歌いながら、自らも体でリズムを刻むと、歌い上げて顎を上げた。
一曲目が伴奏と共に終わりを告げて、ダンスの鼓動が一旦収束を見せた。
ピアニストと言葉を交わしたシンガーから、次の曲を決めた黒人男性は、バンドに指揮して、序盤を電子ピアノで奏で始めた。
一転今度はメロウな、曲名までは知らなかったが明も聞いたことのあるナンバーで、ゆっくりと肩を左右に揺らし、幽霊のダンスはフロアと化した倉庫に広がる。
明は斜め前に、一旦ダンスのステップで手を放して離れた民が、再び佐山と手をつなぐ前の背中の一瞬を見付けた。
迷わなかった。
「俺、佐山さんみたいな人嫌いじゃないっすよ」
民だけに聞こえるように声は絞ったが、民は振り返らなかった。しかし、少女の輝きが残る明るい声が端的に返った。
「・・・私もっ」
弾む声に、明は思わず胸が心地よく高鳴った。
真野はしっかりと明の手を取り直し、皮肉っぽく笑って見せたが、破顔は嬉しそうだ。
最初の曲よりも演奏はどこまでも緩やかに旋律を優雅に鳴らし、歌手の声がハイトーンから説得力のあるアルトまでしなやかに伸びると、心の中に水が広がり、潤う波打つ一つの波紋も、小さなダンスの動きを引き出すように、歌に導かれるまま静かに優しく明は真野の手を引いていた。
幼い頃、親戚に連れられて明が教会で聞いた讃美歌を思い起こさせる。曲はアレンジもあるのか、独特の脈打つ稀代のリズムサウンドに、パーカッションを交え、美しく調和しながらもどこまでもソウルフルだった。
皆はゆったりと体を揺らして、音楽と歌に身を委ねステップを踏む。
朗々と歌い上げる美しさと実体感に、固さが取れた明はステップを意識することなく、真野の肩越しに皆の方を見た。
星が降ってきたかと思った。
今までと照明はなんら変わるところはないはずなのに、暗転したかに思える中を円状に照らす照明のスポットライトが、踊ってかわるがわる移動する各ダンスペアを順に、きらきらとした転がる粒でまぶして、皆を煌めかせている。
【2017.10.5 Release】TO BE CONTINUED⇒