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Story&Illust by 森晶緒
“Brown on Blue” by 佑樹のMusic-Room
Site arranged by 葉羽

 

<soul-90> リハーサルなしで

 続けざまに女性は豊かな頬をそっとツテの頬につけてハグをすると、幽霊の一人一人に知っていた知識でか、握手と同時にぎこちない浅いお辞儀を捧げていった。

 小さな十勢の前では、驚いて目を見張ったが、より淑女らしく、礼節を以て小さく膝を折った。

 福喜に握手を求め交わして、最後に明の所まで来ると、にっこりと微笑んで軽く肩から抱き抱え、英語を耳元で囁いたが、明は何を言われているのかさっぱり理解できないのに、親しみの籠った感謝の意味だと直感した。

 彼女はペラペラと幽霊たちの中央に立ち英語でツテと会話していたが、指輪を擦って、にっこりと首を傾げた。

 ツテは納得した様子で、福喜に報告を上げた。

「十勢の黄色いTシャツみたいなもんだろうね。
 彼女にはこの指輪と衣装が強く念じて形として残ったんだと。
 このラストステージのためかしらね?だとさ」

 バンドメンバーは、パンパンと打ち鳴らす黒人男性の指揮で、それぞれ持ち場に戻った。

 男性は指示しながら、置かれたままの電子ピアノをダリラリと指の動きさえ認めさせずに流し鳴らして、チューニングの必要はないと二階堂に左の人指し指を振った。

 その握られた薬指には、確かに彼女と同じ金の指輪がしっかりと嵌っている。

 ぶっつけ本番、そんな緊張感が瞬時にバンドが本来あるべき姿、演奏者の背をスッと立たせた。

 明は思い出した。福喜が言っていた『バンドがいりゃあダンスも踊るさ』

 最初から逆だったのか。
 ここにいた先達の幽霊のためではない。
 彼女のためのバンドだったんだ・・・

「どうして俺には見えるんだよ」

 むくれて福喜に突っかかる明を相手にもせず、バンド機材の方へ進み出る黒人女性に背を向け、若々しい福喜は両手を掲げた。

「遂に出番だ。野郎ども用意はいいかい!?」

 そそくさと皆、男性幽霊は各々のダンスパートナーの所へ歩み出て、それぞれ気恥かしそうに相手の手を取った。

 ダンスの準備の間に、黒人女性は用意されたマイクを握る。

 明には想像できないが、奏者達には、マイクはどう映っているのだろう。浮いて見えるのか、皆一心にマイクに注視していた。

 もたもたと、まだ真野の所にも行っていない明のケツをバチンと掌で叩いた福喜は一喝した。

「サッサと始めるよ!」

 怒鳴って二階堂をちらりと見ると、二階堂はドラムスティックを持ったまま、瞼の上をそっと拭って、演奏の形に入った。

 シンガーにゆっくりと頷いた黒人男性は、バンドメンバーしか見えないためか、迷いも無くしゃきっと見渡した。

 バンドの一人のベーシストが確認のため声を掛ける。

「Can I ask you something? Can we start it with no Rehersal.」

(聞いてもいい?リハーサルなしで始められる?)

「No worries.She has been readyイキマ、ショーカ」

(心配いらない。彼女は準備ができてる。)

 二階堂がスティックでドラムを打ち鳴らし演奏が始まった。

 曲のナンバーは、よく知っているのか即興か、流れるようなベースの重低音にドラムの確実な、かつリズムを跳ねる演奏が呼応して叩きつける。

 サックスが一気にジャズのテイストを吹き調べ、黒人男性は電子ピアノにゆったりと回り込んで鍵盤に触れる、思う隙なく、豊なメロディが奏者一体となって、楽器を通してリズムを鳴らし、音域を広げ、軽快な曲でステージを造り上げた。

 ピアニストは指先も見えない程の早引きをしてみせたかと思うと、メロウにゆっくりと指を這わせ、心を打つほど強くメロディを爪弾いて行く。

 その瞳は涙か情動か、キラキラと潤って光り、素晴らしい旋律がサックス、ドラム、ベースと紡ぐ勢いを越えて急速に一曲が織り上げられていく。

 奏。

 明は初めて意味を目の前に突きつけられた気がしていた。

【2017.9.10 Release】TO BE CONTINUED⇒

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