<PREV | NEXT>
Story&Illust by 森晶緒
“Brown on Blue” by 佑樹のMusic-Room
Site arranged by 葉羽

 

<soul-89> 生ける者たち

 黒人女性は笑みを絶やすこと無く、今度こそギリギリとした金属音を響かせる入り口扉の方へ顔を向けると、明の位置からは口の端しか見えなかったが大きく唇を開け、小さく英語発音の嬉しそうな叫びを上げた。

 外から閂扉を押し開けて入って来た人物は、ゆっくりと柔和な笑みを目尻に讃え、後ろを向くと打ち合わせてでもいたのか、力いっぱい腕を肩まで上げながら軋む重い閂扉をきっちりと最後まで閉めた。

 途端に生きた人間の喜びの声が倉庫内に満ちた。

 確かに若干空気の震えが幽霊連中とは違うのか、生身から出る親しい笑い声は重力を帯びているようにも明には感じ取れた。

 二階堂を含めたバンドメンバー全員が、入って来た新たな男性を中心に駆け寄り、親愛の籠ったハグや挨拶を交わした。

 不意に現れた男性は細身で長身のスタイリッシュな黒人男性で、黒のピッチリと体に貼り付くTシャツに筋肉が隆起して、流暢な英語に交えて大きな身振りのジェスチャーで、片言の日本語をバンドのメンバーに合わせて話している。

 二階堂が彼の肩を叩いて、バンドのメンバー全員が、そこら中を見回していたが、二階堂でさえ目的のものは見当たらず、嘆息を漏らした。

 黒人男性は軽く首を振って、明達の方には後頭部を向け、寂しげに佇む黒人女性の方へ何かを叫んだ。照れ隠しににっこり相好を崩して首を横に振る黒人女性を、「Come here」と促すと、女性はまだにっこりとしてその場は動かなかった。

 代わりに女性は左手の薬指に嵌る金色の太い指輪を擦っている。

 ざわつく幽霊連中が見えない二階堂は、唐突に声を割って明に真っ直ぐ問いかけた。

「君は見える?彼女を!?」

 意味はわからなかったが、コクンと間髪入れずに頷く明に、バンドの面子は急に顔を崩し、独りは顔を片手で覆って涙を堪えて嗚咽するかに喉を鳴らした。

 黒人の男性も感慨深そうに、バンドの数人の項垂れる肩を上から覆うように背中を叩いて、優しく悲しみを隠さずに涙ぐんでいる。

 明には薄々分かりかけてきた。

 このバンドと彼女の関係までとはいかないが、この女性は・・・

 明が見えていることに気付いた女性は、本当に嬉しそうに明に笑い掛け、ゆっくりと労りあうバンドと男性の方へ近寄り、バンドの一人一人に背中から豊満な胸も気にせず親しくハグをしていき、先んじていた日本人のバンドメンバーの誰一人にも気付かれずに、二階堂にさえ見過ごされて、最後に黒人男性とひっしと抱き合った。

 溢れ出る愛情が二人の間には漂っている。

 黒人男性の姿に、再び込み上げそうに涙を堪えるバンドメンバーに、二階堂は皆の手を上から優しく叩き、頷いて涙を堪え鼻を啜っている。

 黒人女性はゆっくりと顔を上げ、男性に告げると、相手の男性は、オーバーに大丈夫とでも言っているのか口を結んだまま豊なユーモア一杯の表情で了承し、そのまま黒人女性は明たちの方へやって来た。正確には、彼女と明にだけ見えている人間達、唯一、二階堂が福喜が見えるように、黒人男性には彼女しか映っていない面々に。

 最初に歩み出たツテに親しみを込めたソプラノヴォイスで、黒人女性は挨拶をした。

「Nice to meet you. It‘s a beautiful moon tonight.」

(今夜はいい月よ。)

「Nice to meet you,too. Were you able to get without getting lost?」

(迷わなかった?)

 挨拶と軽い心遣いを覗かせたツテに、黒人女性は笑顔のまま首を横に振って、大丈夫だったことを示唆した。

 ツテはバンドの方に目を眇めて

「He asked us to come and dance together. So we are about enjoying dancing.She is Fuki,his grandmother.

Fuki brought us a destiny to meet together.」

(彼が誘ってくれたおかげで私達がダンスができる。彼の祖母が福喜。福喜は私達に出会う運命を与えてくれた。)

「Oh!ミナサー.アリガツトゥー」

 深く意味は知らないようだが、両手を合わせて不格好にその女性は挨拶をして微笑んだ。

【2017.8.29 Release】TO BE CONTINUED⇒

PAGE TOP


  banner  Copyright(C) Akio&Habane. All Rights Reserved.