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Story&Illust by 森晶緒
“Brown on Blue” by 佑樹のMidi-Room
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<soul-88> ありもしない贖罪

 清宮から体を離すと、十勢はまだしゃくりあげていたが、皆の笑顔にきつく結んだ唇の先がぴょこぴょこ動いて、笑みが見え隠れしていた。

 興奮が収まったのを見て安心したのか、助八青年は体を揺らして十勢に近づくと、膝を軽く曲げただけで顔の高さは十勢と同じ身長差で、若さにそぐわぬ口調で諭した。

「坊主っくりは『般若』なんぞ難しい言葉知っとるんか?偉いのー。しっかし子どもは難しくものを考えんでええんだぞ?」

「ぐっ・・やっぱり、僕の気持ちは考えてもいけないの?」

 顔をしかめる十勢に、皆に白い眼を向けられ、良かれと思ったが迂闊だったと知って慌てて助八がキョロキョロ挙動不審な動きを見せると、十勢は吹き出した。

「嘘だよ。助八さんがそんな意地悪じゃないって知ってるもん。僕、本とかDVDはいっぱい見たから単語は知ってるんだ」

「坊主っくりがー」

 からかわれたと知り助八は思いっきり十勢のさほど変わらぬ高さの頭を、わしゃわしゃと両手で撫で擦ったが、ぐちゃぐちゃの髪にむしろ十勢は嬉しそうだった。

 そんな二人を微笑ましく見る視線から外れて、佐山が明に擦り寄って、男同士の秘密の会話で語りかけた。

「私もね・・・民への贖罪の気持ちが薄らいだ訳では無いが、逝かなくてはならないとわかった・・・あの頃は返ってこない。だからここに居るんだよ。けれど、確かにあの時間は娘に引き継がれた・・・明君」

 明は眉間に皺を寄せて眼を上げた。涙が出そうだった。

 佐山は明の瞳の潤んだ輝きを見つめながら、満足げに頷くと

「人生を謳歌できればそれに越したことはない。逆に働くのは厳しい事ばかりだ。だが私らは一時代を作った。君らがどう変えてゆくか、それは君らが作るんだ。私は君を否定も肯定もしないが、それは君を形で縛りたくないからだ。単なる老婆心なんだよ。いつも、あの世に逝っても、娘家族同様に、見守るからね」

 そう囁き終え解放された姿で、佐山は肩の力を抜いて一歩ずつ皆の輪に戻った。

 女性の中で、明好みのスラッとした涼やかな眼が細く愛らしさもある美人が、いつの間にか明の背後で独り言のように漏らした。

 しかし言葉は、はっきりと明に届いた。

「馬鹿でしょ?本当に・・・ありもしない贖罪なんかに捉われて、二人して理解し合える時間を無駄にしたのよ・・・今日で最後を迎えるなんて・・・・」

 明が振りかえれずに少し首を回すと、

「でもこれで良かったのよ」

 そう言って、佐山とは反対の方へ、距離を取って民は引き下がった。

 受け入れ難い死を受け入れた幽霊連中の、それぞれの語られぬ部分の人生の膨大さに明は喉が詰まるしかできない。

 姿かたちの変貌よりも、眼の前の連中への視界が変わったようだった。一生懸命己を生き抜いた証が連なっているように見える。明は焦燥を感じた。まだだ。何もしていない。福喜の言う辿り着く場所があるのか。

 険しい顔を上げ見回す先に、ぼんやりと人影が佇んでいる。

 いつから居たのだろう。先ほどまで見た覚えはない、黒人の恰幅のいい30絡みの女性が、胸の下で軽く手を組んでにっこりと誰に向かってでも無く微笑んで、こちらの方を見ている。

 長身もある女性は、ふくよかさがはち切れんばかりの大きく肩のあいたグレイのシフォンが表面にあしらわれた、金のビーズの縁取りの光る様なドレス衣装を身にまとっていた。豊な胸がたわわにウエストの上に鎮座している。

 しかしはたと、明は勘付いた。

 閂扉は?明が開けたのは、重さと恐る恐るだったのもあって、力一杯でも自分が体を斜めに通るのが精一杯のせいぜい30センチ弱程度だ。

 この女性が入るには体を横にしても狭すぎてつっかえる。

 しかしあの激しい錆びた金属音は、1ミリも動いた気配をさせてはいない。

 福喜は既に知っていたのか、さして驚きもせず、黒人女性の方の左腕を大きく掲げ開くと、恭しく紹介した。

「歌手のご到着だよ」

 明が一瞬走らせた視線の先の閂扉は、やはりどう見ても僅かな幅しか開いてはいなかった。

【2017.1.8 Release】TO BE CONTINUED⇒

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