<soul-82> 最後の仕事
真野は泣かないように口をへの字に曲げて眼をしばたたかせた。
明は、噛みしめるように頷くとやはり自信がなさそうに首を小さく傾げ答えた。
「・・・薄々は」
仙吉はグシャッと笑うと、
「何だよ、薄々か?
・・・まあ、話して損したなんて思わねえからいいけどもさ。
今の話が二人に伝わったとも伝わらないともおいらにゃあわかんねーから。後はあんたらが見つけていったらいいさ。
わかってるのとまるっきり分かんねえじゃそれでもやっぱり、違うからな。話はそんだけだ。
まごまごしてたら又どやされっちまう。おいらも衣替えしてくらあ」
仙吉はそう膝を手で打って、去り際に明の方を振り返ると
「悲しみのねえ人間なんていねえ」
明は、声が出なかった。
ぼんやり頷いて見せると、仙吉は柔らかく鼻を鳴らして
「自分の辛さも悲しむだろ?
逆に言やあ、どんな奴だって悲しむ事ができんだよ。
兄ちゃん若いからって、そこんとこ否定しちゃあいかんぜ?」
俺は悲しんでは・・・ そう思うのだが上手く言葉に明が出ないでいると、仙吉はバンドの方を見て、何かを思い出しながら
「おいらにもな・・・女房以外で信じてくれる奴あ居た・・・ただそれを 信じられない自分だったよ。アホな生き方だろ?
だからせめて・・・・ こうやってあんたらに伝えんのが、俺の最後の仕事なんだろうな」
そう言って腕を振り上げ、万歳のポーズを取ると仙吉は 眼を皺皺にして、下手くそなウインクをして見せた。
そして振りかぶった腕をそのまま飛行機の翼よろしく広げて、仙吉はふざけたフリで颯爽と、滑空するように体を傾げながら、強健な足で床を蹴って、間仕切りの奥へと突っ込んで行って姿を消した。
残された真野と明は、 今の瞬間の想いが夢の様に、呆然と立ち尽くした。
二人が押し黙って、段々に明の意識にも、今まで振り返りもしなかったバンドの音が、聞こえ始めていた。
現実感が、現状とは相反して押し寄せて来る。
明は、真野を見た。
真野は、心細げに、足でステップを踏んでは止まり、繰り返す事でやっと自分を立たせている様だった。
明は、目前の問題を思い出して、バンドの音から意識を離した。
「ギャル・・・真野」
声を掛けられた真野は、不安な風情で、上目遣いに明を見つめた。
ギャル扱いはもうどうでもいい様だった。
もちろん、呼び捨てすらも構ってはいなかった。
真野は、寂しそうにどこを見るでもなく眼を沈めて
「みんないい人・・いい幽霊だけど・・・ あたしを理解してはくれない」
明は、つい今しがた思い返していた、身近な男の印象を、振り払うために声に出した。
「んな事言ってると、いつまで経っても誰も理解できねーぞ!?」
「?」
【2014.8.16 Release】TO BE CONTINUED⇒