<Dream-05> 失われた記憶
小さな楕円のテーブルの、用意してあった椅子に並んで座る柿崎と実多果に緑茶を出し、既に熱を持って話し切っていた柿崎に、落ち着いた様子で要点をまとめる様に美頬は聞き返した。
「それでは……記憶が無い訳ですか?高校に上がってからの丸二年分……」
柿崎は、出してもらったお茶にやっと恐縮しながらも口をつけて、喋り切って渇いた喉を潤すと、気を遣って茶碗を茶卓に静かに戻し口元をハンカチで押さえて切々と、柿崎達の対面の椅子に座る美頬に訴える。
「本当に……そうなんです……
そのせいかこの子、殆ど家から出ずにせっかくの高校まで中退しまして。
妹は、この子の母親は、とにかく本人がいい様にいい様にと受け身で…
……前はもっと明るくて素直な友達の多い子でしたのよ?
私ども、本当にどうしたらいいか」
クドクドと訴える柿崎に、何も口を挟めないと呆れ半分、挟む気さえ起きない無気力半分で実多果はそっぽを向いていた。
美頬は優雅に、柿崎の話をただ黙って聞いている。
実多果を置いて、やっと帰ろうとする柿崎が玄関先で念を押して美頬に挨拶する声が、先程の部屋のリビングで手持ち無沙汰に立っている取り残された実多果の耳にも入って来る。
興奮してか、柿崎は声高にすがる口調で
「美頬先生!本当にどうか、どうかよろしくお願い致します!!
あの子を救える…元に戻せるのはきっと先生だけです!!」
「はい」
気休めの相槌なのか本気なのかは分からない、冷静な返事の美頬の声を聞きながら、やっと閉まった玄関のドアの音に、急に不安が広がり、立ったまま部屋を見回す実多果。
広めのリビングには大分使い込んである音楽コンポやイラストの樹の絵が額に入って飾ってあったりしていて、先程まで話していた楕円のテーブルはついたてで仕切った部屋続きのキッチンの向こうに少しはみ出して見えている。
柿崎を見送り、玄関から部屋へと戻って来た美頬は、緊張して身をすくめている実多果には構わずに、腰に手を当てると、何から始めようかと声を出す。
「さてと」
独り言を言うのを聞いて、緊張が堰を切ってしまい実多果は美頬に向かって思わず弱腰だが問いただす。
「あの!!………二人きりにならないと………ダメ…なんですか?」
最後は消え入りそうな声で伺うと、美頬はあっさり
「ダメですねえ………説明しながら、もうやっちゃいましょうか」
実多果にやっと顔を向けると、微笑んで軽い調子で答える。
実多果は緊張と不安で体をこわ張らせずにはいられなかった。
【2020.2.15 Release】TO BE CONTINUED⇒
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