<Dream-03> 美頬先生
一瞬間を置いて、部屋の主がインターホンに出た。
「はい」
メゾソプラノ、女性の声だ。
柿崎の叔母は、どこから声を出しているのか?と言う、余所いきの何オクターブか上がった声で、インターホンに口をつける程近付いて、
「今晩は、美頬(みほお)先生。予約した柿崎ですが……」
部屋の主は何の抵抗も無いかの様に
「どうぞ、鍵は開けてあります。お入り下さい」
と部屋の中へと促す。
「ありがとうございます。お邪魔致します。ほら、ミイちゃん」
柿崎の叔母は、実多果を呼んだ部分だけ叱る様な野太い声になりながら、実多果の腕を取ってドアを開けた。
訪れたマンションの部屋は、なかなかに綺麗な部屋で、女性の一人暮らしと言った空間を醸し出していた。
玄関口には女物のパンプス(オーソドックスな黒だったが)が一組と、シンプルなサンダルが一組脇の方に寄せて並べており、玄関口自体は簡素とまではいかなかったが、優しいアイボリーの色調の壁やダークブラウンの収納扉、オリーブ色のタペストリーなど、キチンとした内装が、実多果には大人の女性らしく、又独身らしさも感じ取れた。
少なくとも誰かと住んで居ると言う、二つの色が無かったからでもあり、インターホンの声の主が女だった事もその印象には大きく作用はしていた。
玄関は照明が一際明るくしてあり、今は夜なのにその気配は感じられなかった。
ふと視線を実多果が前に戻すと、既に玄関先に迎えに出て来たちょっと目のすわった女性が、メゾとアルトのどちらともつかない声色と優雅な調子で実多果と柿崎に挨拶した。
「今日は……いえ、今晩は」
「どうも、今晩は。お邪魔させて頂きます」
恐縮した返事をした割には、柿崎は躊躇無くパンプスを脱いで、ササッと靴を揃えると部屋に上がり込んだ。
部屋の主、女性は……柿崎の叔母が呼んだ事から、どうやら『みほお』と言うのだろうが(偽名か本名かは実多果には推し量るどころでは無かった)、目の前の美頬の容姿に、実多果は呆気に取られて靴を脱ぐなどと言う場合では無く立ち尽くした。
「っつーか…ヅラじゃん!!思いっきり!!何で!?」
実多果は心の中で思わず叫んだ。
美頬は黒髪の地毛の根本に被せて、ロングのゆるいパーマがかった淡い栗色のウィッグを被っている。
しかし、斜めに分けて流してある前髪や、後ろに詰めた黒髪は隠す様子も無いため、黒と栗色のコントラストは、ちぐはぐな明らかに異風な様相を呈していた。
しかも!!実多果が驚いたのは、その美頬を見咎める風も無く、気にも止めない様子で静々と美頬に促されて部屋の奥へと入って行く柿崎の叔母だった。
実多果は唖然としながら
「柿崎の叔母さんがこの髪を黙ってるなんて……
何者なのこの人!?………しかし変な頭!!」
と頭の中でも軽いパニックを起こしていた。
【2020.1.27 Release】TO BE CONTINUED⇒
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