<Dream-02> 古びた建物
暗い………まるで闇の中の更に暗闇に落ちた様だ……上も下も夜も宇宙も分からない………そこに一筋の明かりが微かに射す。
ふと実多果にはマンションの壁が目に付いた。
今訪れているマンションは、山手線内にある一見古びた築10年以上は経っていると実多果ですら分かる外観の建物だったが、内装工事をしたのか、管理が行き届いているのか中は意外と小綺麗だった。
その8階に目指す部屋があるらしく、ただ柿崎に言われるがままに付いて来た実多果には、『小綺麗』と言うだけでいくばくかの安心感を与えた。
本当はもっと手に負えない様な錆びれた雑居ビルの一室を想像していたからだ。
『そりゃそうでしょ……なんせ要件の内容が内容だもん』……と実多果は独り心の中で呟いた。
同時に先程思い出していた夢が瞬間頭の中にチラついた。普通の寝て居る時の夢は、実際実多果は覚えていない。先程の夢が鮮烈なのは、もう幾度となく見ているからだ。
毎回とはいかないまでも、いつも見る夢……『あの夢の話なら……あたしは断固として話さない』
固い決意が実多果にはあった。自分でも理解できない夢など、そうそう人に話す気にはなれないと言う考えがあったのだ。
もっとも、夢なんてものは大体において、理解不能な場合が多い事は実多果も百も承知してはいたが。
柿崎が『812』と表示してある一つの部屋の前で立ち止まると、やや興奮気味なのか顔を上気させて勢い込む。
「ここよ!!ここで診てもらうのよ!?
ミイちゃん!!ボーッとしないの!!いい?」
と実多果の腕をグイッと取り引き寄せる。
部屋のドアの斜め上には『812』の部屋番号の下に、紙製の表札にプリントアウトした印字で『平』の文字が実多果にも見て取れた。
実多果は何の迷いもなく、その苗字を『たいら』と読んだ。
『へえ……たいら、ねぇ………普通っぽい苗字なんだけど……』
柿崎の叔母は、部屋のドアの先でわざとらしくあらたまると、実多果に向かってとうとうと説教し出した。
「人はね、同じ所でいつまでも立ち止まってはいられないのよ?
さながら回遊魚の様に!!
どんなに激しい潮の流れの中でも、
泳ぎ続けなきゃ生きて行けないの!!」
「海の話止めて」
普段の声では無く、思わず陰鬱そうな太い声で断固として実多果が遮ると、流石の柿崎も気が付いて
「あら、そうだったわね……何でそんな嫌いになっちゃったのかしら。
あんなに好きだったのに……そう言うのも含めてね!!
人はお魚と同じ!!進まなきゃって言いたいの!!」
「じゃあ、おばさんは鮫だね」
ボソリと実多果が独り言を漏らすが、柿崎には聞こえずに済み、叔母は自分の話に夢中で、尚も懇々と説得に精を出す。
「そのためにも!!
絶対にミイちゃんには先生に診てもらう必要があるの!!
いいわね?行くわよ?」
と部屋のインターホンを思い切った様子で力強く押した。
【2020.1.27 Release】TO BE CONTINUED⇒
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