こんにちは。気付けば人生の傍らには必ず映画があった岸波です。
僕の受験で家中がピリピリ鳴っててすごくウルサイんだ。
森田芳光監督の代表作、1983年公開の『家族ゲーム』を始めてAmaプラで鑑賞しました。
公開当時、キネマ旬報ベスト・テンで日本映画第1位に選出されるなど極めて評価の高い作品。
昨年(2025年)8月、スペインのサン・セバスティアン国際映画祭のクラシック部門に招待されるなど、公開から40年経っても再評価されている名作とされます。
コメディという触れ込みで鑑賞しましたが、ブラックな内容、全編を通じた不穏な空気感に驚き。
しかも終盤にトンデモナイ展開を迎え、ラストは理解不能な終わり方。うむぅ・・これが「名作」とされるユエンなのか・・さて、その内容は?

できの悪い弟ですが、よろしくお願いします。
映画の冒頭、家族4人が横一列に並んで夕食を食べている。そして翌朝、朝食を食べているシーンで一人ずつ登場人物が紹介される・・弟、兄、父親、母親。
弟は茶碗の豆を潰しながら無音で。兄はめざしに齧りついてバリバリと。父親は目玉焼きの黄身に口を付けてジュルジュルと。母親はたくあんをポリポリと・・。
何気ないシーンのはずだが、それぞれの独特な「作法」に不気味なものを感じる。
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高校受験を控える次男茂之(宮川一朗太)は問題児。学校でいじめを受けており、仮病でズル休みをしがち。成績はクラスで下から9番目だが本人は「バカだとは思っていない。勉強が嫌いなだけ」と屁理屈を言っている。
兄の慎一(辻田順一)は偏差値の高い高校に入ってデキがいいが、クラスメートに片思いしており、最近はタロット占いにハマっている。
学校帰りイジメを受ける茂之
父親の沼田孝助(伊丹十三)はサラリーマンで、仕事の忙しさを口実に家庭や教育のことを妻任せにしている。
母親の千賀子(由紀さおり)は、よき母親ではあるが、ホンワカした性格のため子供と深く関わろうとはせず、趣味のレザークラフトに没頭し材料を木槌で叩いている。
家庭教師としてやってきた吉本
そんな沼沢家に、茂之の何人目かの家庭教師としてやってきたのが、三流大学の7年生吉本(松田優作)で、大学にはほとんど行かず愛人のヒモ生活をしている男。何故かいつも植物図鑑を抱えていて、暇さえあれば眺めている。
以下、作品の概要とあらすじは以下の通り。
◆『家族ゲーム』の概要とあらすじ(allcinemaによる)
息子の高校受験のためにと雇った風変わりな家庭教師がやって来たことで一家に巻き起こる騒動を描いた傑作ホーム・コメディ。
「の・ようなもの」の森田芳光監督が、現代家庭の抱える問題をシュールなタッチでユーモラスに描く。
仮病を使う茂之と母親
横一列に並んでの食事シーンなど斬新な表現手法が話題を呼んだ。
出来のいい兄とは反対に、問題児の中学3年の弟・沼田茂之。高校受験を控えて、家庭教師としてやって来たのは三流大学の7年生でなぜか植物図鑑を持ち歩く吉本勝という奇妙な男だった……。 |
さすがの松田優作。ホンワカとした家族の風景に彼が登場するだけで、スクリーンがビシッと締まり、異様な存在感を放つ。
ブラッド・ピットやトム・クルーズ、日本だと田村正和や阿部寛などがそうだろうか。圧倒的な「スター感」で画面を支配するのだ。
古畑任三郎(田村正和)
そして、彼の芝居は「顔」を間近まで近寄せて来る。これがえも言われぬ「怖さ」を醸し出す。
上掲の二枚の画像でも、顔を近づけられて怯える様子が分かる。
そんな得体のしれない吉本だが、父親からナイショの話に呼び出され、「クラスでの順番が一つ上がるごとに1万円ずつ特別ボーナスを渡す」という申し出に、身を乗り出して「ホントですね!」と確認するシーンは笑える。この男「俗物」なのだ。
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吉本は勉強ばかりでなく「喧嘩の仕方」も伝授し、遂にはクラスのいじめっ子を征伐して立場を逆転させる。
やがて成績も上がりだし、兄と同じ進学校へ合格できる見通しが立つが、茂之は突然その高校ではなく、別の志望校を受験したいと言い出す。
吉本と茂之
父親は逆上するが自ら説得しようとはせず、母親はオロオロするばかりで対応できない。
再び金で釣られて説得役をすることになった吉本が、兄の慎一に心当たりを尋ねると「いじめっ子の土屋と同じ学校には行きたくない」とのこと。
その理由は、小学校の時、学校で粗相をして「大便を漏らした」事があり、それを言いふらされるのが嫌なのだろうと。(吉本と慎一は大笑い)
お前、もしかして・・
結局、土屋は別の私立高へ進むことになり、茂之は進学校に合格して「家族のお祝いパーティ」をすることになるが、そこで父親は「今度は大学を受験する慎一の家庭教師を頼みたい」と発言。
慎一は、片思いに破れてから勉強に身が入らなくなり、成績も下降一方だったのだ。
だが、その後が伝説の大暴れシーンとなる。
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この後、大変なことに・・
(C)1983 日活/東宝
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茂之のお祝いパーティにも関わらず、勉強の事しか頭にない父親、人任せの母親に腹を立てた吉本は卓上の料理を家族に投げつけ、遂にはボディブローや足技で家族全員をノックアウトし、悠々と家を出ていくのだ。
この「不条理シーン」が話題となり、映画の大ヒットに繋がるのだけれど、はっきり言って全く理解不能の結末だ。
何だろう? 文学的だとでも言うのだろうか。そこまで破壊・大暴れする「理由」は全く理解できない。
ちゃぶ台リバース!(全員失神中)
筒井康隆の短編で、よく終盤に自衛隊が出動して街中をめちゃくちゃにして脈絡もないまま終わる話が数々あるが、あれと同じ「投げ出し」ではないか。
少なくとも「感動」や「共感」とは全く無縁のストーリーだと思う。
この映画の原作は、1981年の第5回すばる文学賞を受賞した本間洋平の同名の小説。翌1982年には鹿賀丈史が家庭教師役で主演した2時間ドラマが好評を博している。
2013年櫻井翔版リメイクドラマ
さらに、その成功を踏まえて翌1983年に制作・公開されたのが、この松田優作主演の映画『家族ゲーム』で、同時に長渕剛主演の連続TVドラマが放映された。
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長淵剛版TVドラマ「家族ゲーム」
(C)1983 日活/東宝
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いずれも大評判となったのだが、それはバブル景気がスタートした時代の「空気感」とマッチしていたのだろうか。
当時の父親像は家庭の事はそっちのけで「24時間戦う戦士」であったし、できるだけいい学校に進学させたい学歴信仰も確かにあった。
24時間戦えますか。
そんな中で、家族としての絆はないがしろにされ、形だけ「家族」らしき姿をした「家族ゲーム」が横行していたのかもしれない。
だが2026年の社会がより複雑化した現在、そのストーリーを目にすれば一抹の懐かしさを覚えるだけで「共感」には至らない。
やはり、映画も「時代を映す鏡」であるのかもしれない。
/// end of the “cinemaアラカルト520「家族ゲーム」”///

(追伸)
岸波
暴力シーンの後日談として、不思議なワンシーンが付け足されています。
進学した茂之は、結局、吉本がやってくる前のような覇気のない生活に戻って家でゴロゴロしており、母親は相変わらず家族のことをよく理解しない中、突然、外からヘリコプターの低空飛行の音が不穏に響いてきます。
でも「何かしら?」と一言いうと、窓を閉め、再び静穏がもどった部屋の中でまどろんでしまうのです。
このシーンの意味については、長く「考察」が行われて来ましたが、脚本を書いた森田芳光監督が明かしたアンサーは「大事件が起きてもこの一家は寝ている」という言葉でした。
自分たちに関わりが無ければ「外界」で起きている事には無関心・・そんな皮肉を込めたシーンだったのですね。
個人主義の美名のもと内向きになり「希薄になって行く人間関係」・・それこそが、森田監督の訴えたかったテーマだったのかもしれません。
では、次回の“cinemaアラカルト2”で・・・See you again !
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