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 #119 甲斐犬

by hasimoto
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◆「甲斐犬」西田小夜子・・・・・・中日新聞「妻と夫の定年塾」より

 犬の散歩が英輔さんの定年後の仕事だ。プードルのラムと歩いていると、見慣れない犬連れの男がやってくる。家族全員に甘やかされて育ったラムは、年中キャンキャン甲高くほえて、近所迷惑な犬だった。

 すれ違う時、男は「おはようございます」と静かにあいさつした。英輔さんもあいさつし、犬を見る。黒と茶が混じった、何ともはっきりしない色の汚い犬は無口だった。「ラムはブランドの犬。こいつは野良犬だね」と誇らしくなる。

 男は犬とそっくりな色のツイードのジャケットだった。犬の皮で作ったのかと想像して英輔さんは笑いたくなる。ラムは犬の姿が見えなくなるまでほえ通しだった。

「きたない犬に会ってさ、ノミでもうつると困ると思って、ラムを抱いていたよ」

 帰宅後、妻にくわしく説明していたところ、同居している八十五の父が「それはたぶん甲斐犬」だぞ」と叫んだ。天然記念物の貴重な犬で、数も少ないらしい。

「山梨の南アルプスが原産地だ。昔は殿様の鹿狩りのお供をつとめた名犬だよ。野良犬だとかノミがうつるとか、そりゃあ、あちらさんのせりふだぜ。身分の低いラムがほえかかったりして、失礼というもんだ」

 数日後、英輔さんはまた甲斐犬に会う。確かに男性は殿様風で、犬もトラ毛がよく手入れしてある。二人は品良く遠ざかっていった。

 

 

 

葉羽 「甲斐犬」について

 襤褸は着てても心は錦と言いますが、身なりに関わらずそれなりの人物には物腰に気品が備わるものです。むしろそこまで見抜けず、表面を見ただけの浅薄な人物評価こそ恥じるべきなのでしょう。そんな事を考えさせる話でした。


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