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もうすぐ1カ月経つが、フランスの女流デザイナーのソニア・リキエル(1930~2016)が8月21日に86歳で亡くなった。

 長らくパーキンソン病を患って、その闘病の末の死だったという。

ソニア・リキエル

 娘のナタリーやその旦那でブラウンズ(ロンドンの有名セレクトショップ)の御曹司であるサイモン・バースタイン(のちに離婚)にはインタビューしたことがあるが、ソニア本人には本当に残念ながら、インタビューしたことはなかった。ショーの時に遠目でその独特の風貌をみるだけだった。

 すでに10年ほど前に引退していたこともあろうが、日本の新聞の取り上げ方は、非常に小さく通り一遍の紋切り記事ばかり。

 ファッション業界におけるソニアの革新性には、まったく触れていない。残念だった。もうそういうことが分からない記者ばかりになってしまったのだろうか。

ソニアの娘ナタリー・リキエル

(「SONIA RYKIEL」アーティスティックディレクター)

 まず、ソニアは、ココ・シャネルが始めた「女性をコルセットから解放する」という一連の女性ファッション革命を継承したデザイナーだった。

 アメリカ式「ウーマンリブ」みたいに声高に叫ぶ解放とは違って、ステレオタイプにいえば、シャネルがツイードやジャージーでやったことをソニアはニットでシックに表現したということになろうか。

(※右の背景画像:「ソニア バイ ソニアリキエル2015秋冬」より)⇒

 「ニットの女王」と呼ばれていた。忘れてならないのは、アニエス・ベー(1941~)などにも共通しているが、ソニアも一種の「反体制」「反権力」といった血がその底に流れていることだ。

 女性の社会的地位の改善を目指すということが、ブルジョワ社会ではそもそも「反体制」「反権力」であるのだが。

 この「反体制」「反権力」はファッションの重要なテーマのひとつだったが、この世紀に入ってからは消えかかりつつある。

ヴィヴィアン・ウエストウッド

 そうしたことで忘れてならない大きな存在は、また女流になるが「パンク・ファッションの女王」と称されるヴィヴィアン・ウエストウッド(1941~)であろう。

 そういえば、ヴィヴィアンの元夫だったロックグループのセックスピストルズのリーダーだったマルコム・マクラーレンとソニアがデュエットしたCD(マルコムのアルバム「パリ」)が出ていた。

 ついでに言えばソニアはロバート・アルトマンの映画「プレタポルテ」(1994年)にはカメオ出演している。ファッション関係者にはこの映画はぜひ観てほしい。

 「反体制」「反権力」に加えて「反常識」まで含めたクリエーターは「前衛(アヴァンギャルド)」と呼んでいいのだろうが、ファッションの世界では、現在まさに絶滅危惧種になりつつある。

 例えば、80年代前半に出現した「コムデギャルソン」「ヨウジ ヤマモト」のボロルックは、高度成長日本の歪みを告発した一種のプロテストであった。

 なかでも「コムデギャルソン」の川久保玲(1942~)はそうした「反常識」のクリエーションをいまだに追求している。

 「マルタン マルジェラ」も「衣服の常識」に反旗を翻したブランドだったが、すでに創業デザイナーのマルタン・マルジェラ本人はメゾンを去った。

ジョン・ガリアーノ

 現在「マルタン マルジェラ」のクリエイティブ・ディレクターを務めるのは、不祥事で「クリスチャン ディオール」をクビになったファッション界の無法者である天才ジョン・ガリアーノである。

 ガリアーノ同様やはりロンドンの下流階級出身のアレキサンダー・マックイーンも前衛の旗手だったが、首をつって死んでしまった。

 どうも前衛ファッションの世界では、女流デザイナーの逞しさに比べると男性デザイナーは分が悪い。

    

 現在は、ラグジュアリー・ブランドと呼ばれるブルジョワジーのクローゼットを彩る殿堂に列せられる「プラダ」だが、時に見せる「反骨精神」や「政治意識」が我々をハッとさせることがある。

 「ただのオーセンティックでラグジュアリーなブランドだと思わないでよ」というミウッチャ・プラダの声が聞こえる。

ミウッチャ・プラダ

 その底流にあるのは、かつてイタリア共産党員だったミウッチャがいまだに持っている前衛精神なのを忘れてはならないだろう。「前衛」を忘れたファッションは砂糖を入れすぎたコーヒーみたいなものである。

 そうだ、ソニアのことでひとつ書き忘れた。それは彼女が持っている「性」に対するアモルフな感覚である。

 代官山に「ソニア リキエル」のブティックがオープンしたとき、内覧会に行ったら、奥のほうにひっそりといわゆる「大人のオモチャ」が陳列されていて、ニヤリとさせられたの覚えている。ソニアはそんなデザイナーであった。合掌。

                

(2016.11.30「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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