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《Web版》岸波通信 another world. Episode40

千の感覚


(BGM:「DEEP BLUE」 by Luna Piena
【配信2011.2.16】
   (※背景画像は「ハッブル宇宙望遠鏡」)⇒

  Micromegas

 こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。

 貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。

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“人間たちは、何ひとつ知らずに全体を判断する” ・・・ヴォルテール

 ローマでは、丸い形をした古典的な金魚鉢が条例で禁止されています。

 その理由は、丸い形をしている金魚鉢の中に入れられている金魚の目には外の景色が大きく歪んで見え、動物虐待に当たるというのです。

 “所変れば品変る”と言いますが、動物愛護の考え方も実に様々だと考えさせられます。

古典的な金魚蜂

古典的な金魚蜂

←動物虐待?

 でも、生まれた時からその中で飼われている金魚にとって、ある日突然“彼の世界”から、“人間と同じように見える世界”に出されことが幸せかどうかは疑問の残るところです。

 たとえそれが「真実」であったにせよ、慣れ親しんだ感覚から解き放たれた彼は、きっと大きく混乱するに違いありませんから。

 もしかすると“丸い金魚鉢の中の金魚”のように・・・

 私たち人間に見えているこの宇宙の姿は、“自分達だけのフィルター”を通してそう見えているだけなのかもしれません。

 

 

1 人間の五感

 人間には視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感があるとされますが、これはもともと古代ギリシャのアリストテレスによる分類が起源だそうです。

 基本的に、人間はこれら五感を駆使して外界の出来事を認識しているワケですね。

 でも、人間の感覚は本当に五感だけなのでしょうか。

 “第六感”という言葉があるように、インスピレーションや直感というものもあるかも知れません。

 そういった現代科学ではまだ解明できないものは別としても、人間の感覚は「五感にとどまらない」とする考え方もあります。

アリストレテス

アリストレテス

 問題となるのは触覚で、単に「触った」と感じる触覚と、触って「温度」や「痛み」を感じるメカニズムは全く別のものだからです。

 その他にも「内臓感覚」や「平衡感覚」などがあり、現代の学問的には少なくとも9種類以上の感覚を有していると大方認められているのです。

 

 また、人間以外の生物では、それ以外の感覚を持つものも存在します。

 有名なものでは、ハトの帰巣本能や渡り鳥のワタリに用いられる磁気感覚。

 地磁気の方向を関知して、そういう行動をとることができるとされています。

 また、透明度の低い水中に棲むデンキウナギは視覚が活用できないため、電気を発信しレーダーのように周囲の状況を把握します。

デンキウナギ

デンキウナギ

 夜間、障害物を避けるために超音波の反射を使って飛行するコウモリも同じ類です。

 他にも、エサの体熱を捉えるために赤外線の関知能力があるマムシやボアなどの蛇類、哺乳類が呼吸する二酸化炭素を検知して血液を吸いにやって来る蚊など、ちょっと考えてみれば、人間の持たない「感覚」というのは結構数多く存在しているのです。

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2 感覚は置き換わる

 人間の場合、いずれかの感覚器官に障害を持っていると、他の感覚器官の能力が研ぎ澄まされてそれを補うということがあります。

 具体的には、例えば目の見えない人は健常者よりも聴覚や嗅覚が発達しているというようなことです。

 一つの対象物を認識する方法はいくつかあるので、結局のところ、その人間なり生物個体が持つ感覚器官の総合力で認知すると言えるでしょう。

 感覚は他の感覚で“補う”、あるいは“置き換える”ことができるのです。

 べストセラーである寺沢武一のコミック「コブラ」には、恐ろしい敵が出てきます。

宇宙海賊CObrA

宇宙海賊CObrA

 その敵は、対峙する宇宙海賊コブラの聴覚と視覚を逆転させることができるのです。

 音が映像となって見え、姿が音として聞える「感覚の逆転」に混乱しますが、最後には、その感覚を自分でコントロールすることを覚え、見事に敵を倒します。

 こうした“感覚の置き換え”について、驚くべき実験があります。

 かつて朝日新聞に連載された『遊びの博物誌』というコラムにあったものですが、鏡を組み合わせた特殊メガネを使って、“天地を逆さまに見せたまま生活させるとどうなるか”」という実験です。

 驚く無かれ、最初こそ上下がひっくり返った世界に困惑しますが、やがて脳がそれを正常に見えるように処理できるようになり、当たり前の生活が送れるようになるのです。

万華鏡の視覚

万華鏡の視覚

(森美術館/現代アート展)

 人間の“観る”という行動も、とどのつまりは眼球というセンサーとそれを映像に変換する脳というCPUの働きですから、ソフトウェアを書き換えれば認識も変えられるのです。

 なお、その実験には、左右の目の画像を入れ替えて見せるメガネというものもありました。

 このメガネを着けたまま回転するオブジェを見せると、“この三次元世界にはあり得ない動きをする”と報告されていました。

 大変に興味を覚えたのですが、それはまた別の話ということで。

 “感覚の置き換え”についてもう一つ。

 人間には物陰を透視することはできませんが、透視能力を持った生物は存在するかもしれません。

 それは、既に上で述べたマムシやボアなどの蛇類です。

ボア

ボア

 人間が赤外線カメラを使って映像を作るように、もしも彼らが赤外線の情報を映像として処理しているならば・・・・

 木陰にいるネズミの姿を“透視”できているはずです。

葉羽ただし、実際に蛇の認識が「赤外線映像」のようなものか、人間の「体感温度」に近いものなのか、突き止めるのは容易ではないでしょうが。。

 さて、様々な生物の様々な感覚・・・いったい何種類あるのでしょうか?

 ということで、登場するのが“千の感覚を持ったミクロメガス”です。

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3 「ミクロメガス」のこと

 哲学者のヴォルテールは、18世紀フランスを代表する啓蒙思想家として知られています。

 本名は、フランソワ=マリー・アルエ(Francois-Marie Arouet)。

 ヴォルテールという名はペンネームのようなもので、「ヴォロンテール」(意地っぱり)という小さい頃からのあだ名をもじったネーミングとも言われています。

 ところがこのヴォルテール、一編だけSF小説を書いているのです。

 それが『ミクロメガス』。

バベルの図書館

バベルの図書館

←「ミクロメガス」が収録されている。

 太陽系の至近に位置し全天で最も明るい“おおいぬ座のシリウス”に住む星人の名前で、土星人と一緒に地球を訪れるのです。

 このミクロメガスの身長は39キロ。

 「え?体重のこと?」といぶかるアナタ、そう、そこのアナタ・・・

 いいえ、身長が39キロメートル(!)で、これはシリウス星人としては平均的な身長なのです。

 対する土星人の身長は2キロメートル・・・シリウス星人にとっては、取るに足らない「オチビちゃん」ですが、とりあえずお互いのコミュニケーションをとることは可能です。

 また、短命を嘆く土星人の平均寿命は地球年に換算すると1万5千年。

 寿命が700万年というミクロメガスは、宇宙を引き合いに、「私たちの存在は点にすぎず、寿命は一瞬に過ぎない」と慰めるのです。

シリウス

シリウス

←全天で最も明るい星(太陽系以外)。

 また、地球人と土星人は同じ太陽系に属しているので、太陽の色は黄ばんだ白色に見え、虹の七色のスペクトルを持っているのは同一です。

 これに対してシリウスでは、赤味を帯びた太陽に見え、39の原色を持つと言います。

 どうですか? ・・・まことに奇想天外な発想を提示するヴォルテールの「ミクロメガス」。

 常識に捉われたものの見方しか出来ない僕の脳はクラクラ眩暈がするほどの衝撃を受け、それと同時に大きな好奇心がムラムラと湧いて引き込まれました。

 さて、いよいよ「感覚」の数。

 我々地球人の「五感」に対し、土星では「72感」、シリウスでは・・・・1000もあるというのです。

 しかも、そのように多くの感覚を持ちながら、まだ退屈し、満足できないと言います。

ヴォルテール

ヴォルテール

 ヴォルテールは、物の大きさ・長さ・認識などは、この宇宙においてすべて相対的なものだと言いたかったのでしょう。

 シリウス星人の持つ「千の感覚」、我々には想像することさえ困難です。

 しかし・・・

 我々は、そのいくつかを“科学技術”によって手に入れようとしているのかもしれません。 

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3 ジェイムズ・ウェッブ望遠鏡

 人類は、科学技術の発展によって、“五感”を超える様々な認識方法を入手し続けています。

 例えば、携帯電話によって「遠くの声」を認識し、CTスキャンによって「体内の磁力映像」を、電子顕微鏡によって「微細な世界」を、伝送技術によって「月の裏側の姿」を認識することができるようになりました。

 様々なセンサーの発明は、人類の“認識”を加速度的に発展させて来たと言っていいでしょう。

 そうした中でこの数十年、“宇宙に対する眼”は大きく開かれて来ました。

 近年、特に大きな役割を果たして来たのは、様々な惑星探査機と軌道上に打ち上げられて深宇宙を観測してきたハッブル宇宙望遠鏡でしょう。

 先月、2011年1月27日の「AstroArts」の記事によれば、ハッブル望遠鏡のデータの解析により、米・カリフォルニア大学サンタクルス校)らの研究チームが現時点で最遠となる132億光年先に存在するとみられる銀河を発見しました。

 これは今までの記録を1億5000万光年上回る最遠のもので、ビッグバンからたった4億8000万年後まで遡った宇宙の姿を捉えたことになります。

最果ての銀河UDFj-39546284

最果ての銀河UDFj-39546284

(120億光年彼方:右下拡大図)

 また、可視光画像と赤外線画像などを組み合わせることにより、これまで見えなかったものが認識できるようになりました。

 その最も分かり易い例が、同じ「AstroArts」の2011年2月14日の記事「赤外線で見る、北アメリカ星雲の幼い星々」でしょう。

 NASAが公開したスピッツァー赤外線天文衛星による「北アメリカ星雲」の新画像は、可視光とは異なる波長で捉えたもので、これと可視光画像を組み合わせることにより、若い恒星の候補約2,000個の発見に繋がりました。

 さて論より証拠・・・

可視光でとらえた北アメリカ星雲(左)とペリカン星雲(右)

可視光で捉えた

北アメリカ星雲(左)とペリカン星雲(右)


スピッツァー望遠鏡の赤外線のみで撮影した北アメリカ星雲周辺

スピッツァー望遠鏡の赤外線のみで

撮影した北アメリカ星雲周辺


二つの合成画像

二つの合成画像


さらに24μmの長波長の赤外線データ(赤)を追加した画像

さらに可視24μmの長波長の

赤外線データ(赤)を追加した画像


それを拡大

それを拡大

←若い星の発生状況が見える。

 と、このような形で“見えなかったもの”を見る事ができました。

 これまで、宇宙の天文台として活躍を続けてきたハッブル宇宙望遠鏡は、間もなくその運用期間を終了しようとしています。

 これに代わって、その後の宇宙観測の主力を担う後継機がジェイムズ・ウェッブ望遠鏡JWST)です。

 地上から約600Kmの軌道にあるハッブル宇宙望遠鏡は、地球の反射光や太陽光を遮蔽するため頻繁に遮蔽装置を調節する必要がありましたが、JWSTは、地球から見て太陽の反対側150万kmの彼方のラングランジュ点(重力の平衡点)に送り込まれるため、より安定した運用が可能です。

 そしてJWSTは、赤外線観測用の専用宇宙望遠鏡。

 ビッグバンの残り火である赤外線(宇宙背景放射)を調査し、宇宙の初期の状態について詳細なデータが得られることでしょう。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

←完成予想図。

 我々は、また一つの新しい“感覚”を手に入れることができるのです。

 そしていつの日にか、“ミクロメガス”の感覚に追いつけるように・・・。

 

/// end of theEpisode40「千の感覚」” ///

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《追伸》

 先だって発売された『視覚はよみがえる』という一冊の本があります。

 内視者だった神経科学者である著者は、訓練によって48歳にして初めて“両眼で物を見る”ことができるようになりました。

 すると何が起こったか?

 外界の物が初めて「3D」で認識できるようになったのです。

 そして、一気に世界が変わりました。

 車のハンドル、蛇口、花瓶の花・・・あらゆるものが「立体」で見え始め、「空間に身を浸す」という初めての経験によって考え方まで変化したといいます。

 私たち人類も、科学技術の発展によって一つずつ新たな認識方法・・・“感覚”を手に入れることにより、いつの日か宇宙認識のブレイクスルーに至るのかもしれません。

 

 では、また次回のanother world.で・・・See you again !

「視覚はよみがえる」

「視覚はよみがえる」

(スーザン・バリー著)

 

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To be continued⇒ “Episode41 coming soon!

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