The
other side of the space
こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。
貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。
本年5月末から2ヶ月間、六本木の国立新美術館で写真美術家野村仁の「変化する相-時・場・身体」の展覧会が行われています。
野村仁氏は、1960年代から写真を用いた美術表現という手法をいち早く取り入れ、天体の連続した動きを一枚の写真に焼き付けるなど意表を突く作品を発表して来ました。
下の「北緯35度の太陽」は、毎日同じ場所で太陽を撮り続け、その一年分の軌跡を繋げたもの。
夏と冬は渦巻くようにカーブし、春と秋は緩やかな曲線を描いて、こんな不思議な環の形になるのですね。
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北緯35度の太陽
(作:野村仁) |
そして、右の背景写真「正午のアナレンマ'90」は彼の代表作。
8の字を描いた美しい月の軌跡、その意外性と造形美に思わず目を奪われてしまいます。
今回のanother world.は、こんな美しい宇宙の誕生から成長、そして終焉までをも支配している謎の力、ダークエネルギーについてのお話です。
1 宇宙の果て
野村仁氏が我々を取り巻く「天体」や「時間」といったものに興味を持つきっかけは何だったのでしょう?
星が時間とともに織りなす美しい造形に気付いたこと、いいえ、それだけではありません。
彼は、夜空に煌く銀河の光が現在のものではなく、実は化石になった植物がまだ生きていたころに生まれたものだというファンタスティックな事実を知り、魅了されたからだといいます。
なるほど・・我々の太陽系がある“天の川銀河”の直径は約10万光年。
10万年前の地球と言えば、人類の祖先ホモ・サピエンスがアフリカを出てユーラシア大陸に広がり始めた頃。
夜空に見える天の川の一番向こうからの星の光というのは、そんな昔に旅立って、ようやく地球にたどり着いたものなのですね。
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天の川銀河の想像図
←最新の観測では、天の川銀河は渦巻銀河でなく、
中心核が棒状に伸びた棒渦巻銀河だと考えられている。 |
そしてそれは、この宇宙の最果てにある銀河からの光も同じこと。
ビッグバンによって誕生したこの宇宙の年齢は137億歳。
ハッブル宇宙望遠鏡によって撮影された最果ての銀河は、宇宙が誕生して間もない頃の姿なのです。
今現在、そこにあるかどうかさえ定かではありません。
いいえ、きっとそこには存在していないはずです。
何故ならば、宇宙はどんどん膨張を続けているのですから。
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最果ての銀河
(すばる望遠鏡画像)
←8秒角四方の最終拡大画面の
中央にある赤い銀河IOK-1。
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地球と最果ての銀河は、お互いにどんどん遠ざかっています。
ハッブルの定理によれば、地球との相対距離に比例して遠ざかるスピードも速くなります。
つまり、遠くにある銀河ほど速いスピードで地球から遠ざかっているのです。
実は、現在見えている最果ての銀河のそのまた向こうにも銀河があったのだという説もあります。
でもそれは、光より速く遠ざかっているので観測できないだけだと言うのです。
観測者にとって光の届く範囲こそ見える範囲・・・この情報を得ることが可能な境界線を“事象の地平線”と呼びます。
ブラックホールにある「全ての物質を飲み込み光さえも戻って来れない境界面(シュヴァルツシルト面)」も“事象の地平線”と言います。
これが現在認識されている宇宙の範囲、“宇宙の果て”と言ってもいいでしょう。
では、“宇宙の果て”の向こうにも本当に銀河があるのでしょうか?
いいえ、137億光年離れた“最果ての銀河”は、宇宙の年齢と同じ137億年前に誕生したことが分かっているのです。
その近傍に新たな銀河が発見される可能性はあるでしょうが、おそらくそれは“向こう側”でなく、“事象の地平線”の内側になるはずです。
この宇宙がビッグバンによって誕生し、恐るべき速さで遠ざりつつある“最果ての銀河”が、かろうじて“事象の地平線”のこちら側にある時代。
人類の観測技術の進歩は、宇宙が誕生した頃に生まれた銀河を見れる最後のタイミングに、ぎりぎり間に合ったのです。
2 膨張宇宙の三つのシナリオ
この膨張を続ける宇宙が将来どうなるかについて、大きく三つの考え方があります。
一つは、どこまでも果てしなく膨張を続けるというもの。
もう一つは、どこかで膨張が静止するというもの。
そして最後の一つが、膨張から収縮に転じ、やがて一点で潰れる”ビッグクランチ”に至るという考え方です。
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ビッグクランチのイメージ図
(from
Wikipedia)
←ビッグバンの逆コースをたどる。
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三つ目の“ビッグクランチ”というのは、非常に魅力的なアイディアです。
ビッグバンによって“無”から誕生した宇宙が膨張宇宙によって成長し、そこから収縮をはじめてビッグクランチで“無”に還り、やがて新たなビッグバンによって次世代の宇宙が誕生する・・・まるで仏教の“輪廻転生”のようです。
このようにして、宇宙は無限の輪廻を繰り返す・・・果たしてそうなのか?
残念ながら、20世紀末からの宇宙観測技術の発展とその観測的事実によって、このシナリオはかなり可能性の低いことが分かっています。
以下、そのことを説明します。
遠方銀河から発せられた光の“赤方偏移”の発見によって最初に宇宙の膨張を突き止めたハッブルの膨張宇宙論は、よく“レーズンパンのモデル”によって説明されます。
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ハッブルの膨張宇宙
(レーズンパン・モデル)
←遠方の銀河ほど距離に比例して速く遠ざかる。 |
パンの表面にあるレーズンを一つひとつの銀河に例えると、パンが焼けて膨らむにつれ、どのレーズン(銀河)から見ても他のレーズン(銀河)が離れていくように見えます。
また、相対位置が遠くにあるレーズン(銀河)ほど速く遠ざかることが分かります。
上でも述べた「ハッブルの定理」です。
しかし、ハッブルの膨張宇宙論では、パン(宇宙)が膨らむ速度自体が変化することは想定されていませんでした。
ビッグバンで弾き飛ばされた物質が“慣性”で遠ざかっていると考えただけで、膨張宇宙は十分に説明がついたからです。
ところが・・・
1990年代後半から米欧の二つのグループによって、遠方にある超新星の大規模探査が次々に行われると驚くべき事実が判明しました。
超新星が我々の銀河から遠ざかるスピードは、何らかの“力”によってどんどん加速させられていたのです。
つまり、宇宙の膨張は「加速」していたのです。
宇宙の膨張が「加速」しているこtが発見されたことから、「宇宙の膨張がどこかで止まる」あるいは「収縮に転じる」可能性は非常に低いと考えられるようになりました。
ではいったい、どのような“力”が加わって、「加速」しているのでしょう?
3 ダークエネルギー
この宇宙の膨張に加速を与えている「力」の正体は、まだ明らかにされてはいません。
宇宙研究者のマイケル・ターナーは、その「力」を“宇宙全体に広がって負の圧力を持ち、実質的に反発する重力としての効果をもたらすエネルギー”と定義し、「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」と名付けました。
宇宙に存在し現在知られている物質は、お互いに「重力」によって引き合う基本的性質を持っています。
しかし、ダークエネルギーは「重力」とは逆に反撥する「斥力」を持ち、目には見えないけれどもこの宇宙にあまねく存在していると言うのです。
しかも・・・
どうやらダークエネルギーは、この宇宙の構成要素として最も大きなウェイトを占めているようなのです。
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マイクロ波観測衛星WMAP
全天温度分布図
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2001年に打ち上げられたアメリカのマイクロ波観測衛星WMAPは、宇宙全体の詳細な温度分布を得ることに成功しました。
この分布の解析によって、いくつかの重要事実が確認されました。
一つは、宇宙の年齢が137億歳であること。
そして、宇宙は今後も膨張し続け、そのスピードは加速していること。
さらには、全宇宙の物質エネルギーの73%は、ダークエネルギーで占められているということです。
しかも・・・銀河など我々が認識している通常の物質は4%に過ぎず、残りの23%はもう一つの謎の物質「ダークマター(暗黒物質)」ということが。
「ダークマター(暗黒物質)」は、1933年にスイスの天文学者フリッツ・ツヴィッキーによって提唱された概念。
銀河外縁の星間ガスの観測によって銀河の質量を計算すると、光学的に観測できる物質の約10倍もの質量が存在することが分かった。
この目には見えないが銀河の質量の大部分を占める物質をダークマターと名付け、その正体についての研究が進められている。
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宇宙の物質構成比
←ほとんどが暗黒エネルギーと暗黒物質でできている。 |
ダークエネルギーの正体が何であるかについては、「真空の力」など様々な説があり、いまだ結論は出ていません。
しかし、加速膨張している宇宙は、最終的にどのような姿になるのでしょうか?
4 予想される宇宙の終焉
宇宙はその膨張速度を指数関数的に増大させ、遂には(見かけ上)光速を超える速さでバラバラに飛散します。
光より速い速度で離れていく物体を観測することはもはや不可能ですから、遠方の銀河から順に“事象の地平線”の彼方に姿を消していきます。
やがて、3割の銀河が飛び去り、5割の銀河が飛び去り・・・
最終的には、重力によって拘束されている「局部銀河群」以外の銀河はすべて視界から消えてしまいます。
我々の所属する天の川銀河は、アンドロメダ銀河を中心とする40あまりの大小銀河で構成される局部銀河群の一部ですから、全天の中で最後まで見えるのはこの範囲ということになります。
局部銀河群が集まった「銀河団」は、重力の拘束関係に無いため散逸する。
事象の地平線の中に唯一存在する銀河群。
その周囲には何も存在しない無限の闇が広がっている・・・。
これが、可能性のもっとも高いシナリオです。
ただし、このシナリオは、ダークエネルギーの「量」が不変であることが前提です。
あるいは、ダークエネルギーは一定でなく、時間と共に増加しているのかも知れません。
そのシナリオでは、過重に注がれるエネルギーに天体が耐え切れず、この宇宙に存在する全てのものは原子に分解され、最後には「ビッグリップ」によって吹き飛ばされて銀河のような構造を持たない空っぽの宇宙が残されるとされています。
また逆に、ダークエネルギーが何らかの要因で減少していくとしたら、宇宙は再び「重力」によって引き合い、やがては「ビッグクランチ」によって潰れてしまうかもしれません。
しかし、いったん膨張し始めた宇宙の慣性を打ち消して縮小に転じさせるためには、別の新たな「力」が必要となりますので、これは最も可能性の低いシナリオと言えそうです。
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ダークエネルギー
←宇宙の命運を握る謎のエネルギー。 |
5 宇宙の向こう側
最後に、この「ダークエネルギー」に関する私見を述べます。
実際は、ダークエネルギーもまた「重力」を発揮する物質で、それは“事象の地平線”の向こう側に存在する可能性もあるのではないか?
そもそも宇宙は「斥力」で弾かれているのではなく、外側のエネルギー源から「引っ張られて」いるのではないか、ということです。
我々が知りうる「斥力」は、卑近な例では電磁的なものがあります。
磁力線の場合はS極とN極が、電気エネルギーの場合はプラスとマイナスが必ず対で存在しています。
でも、この宇宙の7割を占める物資エネルギーが、ただ一方の「斥力」だけを発揮するという考え方はいかがなものか。
ダークエネルギーの最有力候補とされる「真空の力」にしても、電気的性質が逆な「正物質」と「反物質」を必ずペアで“対生成”するに過ぎず、「斥力」だけを生み出すというのは考えにくいのではないでしょうか。
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対生成と対消滅
←真空の中で光から粒子と反粒子が生成される。
逆に、粒子と反粒子が衝突すると、
対消滅して光になる。 |
外側にあるダークエネルギーの源は、ビッグバンによって最初に生成された物質かもしれないし、“最初からこの宇宙の外側に存在していたモノ”かも知れません。
前者の場合は、最も外縁部にあったため既に“事象の地平線”を超えてしまっている可能性があります。
また後者の場合には、“別のビッグバンによって生成された存在”ということも考えられます。
・・・・・・・・・。
いずれにしても、我々からは観測不可能な“宇宙の向こう側”の話。
確認する術はないのかもしれません。
人類がこの短い間に、観測可能な“事象の地平線”の果てまでをも視野に収めたという事実に驚きを禁じえません。
その驚くべき技術の進歩、人類の叡智・・・。
この限りない人類の叡智は、いつの日か、我々の宇宙の中にダークエネルギーの源を発見し、その正体を突き止めるのでしょうか?
それとも・・・?
/// end of the “Episode33「宇宙の向こう側~ダークエネルギーの謎~」”
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《追伸》
ずいぶん久しぶりのanother
world.であったような気がします。
このシリーズは、全編にわたってアクセス・ランキングの上位をしめる人気シリーズ。
いろいろ書きたい材料はあるのですが、“普通の人に届く言葉”で書かなければならないというところに気を使っています。
でも、宇宙に関する観測事実が理論研究が進んで、いろいろ専門的な事実が判明してくると、それを“平たい言葉”で表現するのがますます大変になって来るな、という感想です。
それともう一つの思わぬ反響は、検索エンジンでこの「another
world.」の各シリーズが上位になるにつれ、専門家の方から「同意」や「反論」などが寄せられるようになったこと。
うーん・・・こちらは博物学と宇宙のロマンが大好きな“ただの素人”ですので、批評は「甘口」でお願いします。あはははは!
では、また次回のanother
world.で・・・See
you again !
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be continued⇒ “Episode32 coming soon!
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