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楽翁師匠が撮影した2007年春の鶴ヶ城です。
好山楽翁
おはようございます。4月21日から22日にかけて鶴ヶ城の花見に行ってきました。
生憎の花曇でしたが花は満開で最高でした。
花見にしていない人のために写真を撮ってきたので鶴ヶ城の花見を楽しんでください。
天気がよければ花の下での宴会は最高ですよ。
とくに、かたむけた杯に花びらが舞い降りてきてめでながら飲む酒は最高の贅沢ですよ。
来年は皆さんで花の下での宴をしましょう。写真を送ります。(2007.4.25)
葉羽
楽翁師匠が送ってくれた会津“鶴ヶ城”に咲き誇る桜、これこそ“歓天喜地”の情景だと思います。
天を仰いでは歓び、地にうつむいては喜ぶ・・・このひと時のために、桜は一年をかけて樹幹に桜色の樹液を蓄えているのです。
元々は「水滸伝」に書かれたこの言葉ですが、実は越後に流罪になった親鸞がその時の心境を述べた言葉とも伝えられています。
何故・・・?
話は飛躍しますが、大リーガーのイチロー選手が日本の子供たちと一緒にプレーを楽しんだ時、こんな質問をされたそうです。
「平常心は、どうしたらなれるんですか?」
その問いに対し、イチロー選手はこう言いました。
「人生の修羅場を何度も潜り抜けないとなれない。だから、平常心を手に入れるためには、いつも自分にとって厳しい道を選んで欲しい。」
・・・そうなんですね。
桜は一瞬の歓天喜地のために、じっと一年間我慢をしている。
“急がば廻れ”・・イチロー選手は、“野球の名手になるための王道”なんか無いのだと教えたかったのだと思います。
人生の苦難を乗り越えるためには、“苦難を乗り越える経験”を積む事こそが大切だと・・・。
親鸞は、越後への流罪に際し・・・
「御仏は越後の人々を救わんと、愚禿(愚か者の)親鸞をお遣い下された。このことは私にとってまさに歓天喜地である。」と、仏に喜び感謝したのでした。
会津の人々は、戊辰戦争の後、或る者は最果ての不毛の地に移封され、また或る者は“埋葬禁止令”という非道な新政府の命令によって、夫を、そして息子を弔う事もできず、屍に手を合わせ続けました。
そんな会津人だからこそ、一年に一度巡り来る桜の季節を、心から喜ぶ事ができるのではないかと思います。
“歓天喜地”・・・それは、辛く長い冬を乗り越えた者だけに与えられる魂の歓びではないでしょうか。
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The END
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