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| ◆ 駐在員生活の思い出/父の死
翌24日、本社出社して関係先あいさつし新幹線で福島。わたり病院で父を見舞う。 父はもう寝たきりで話もできなかったが、義実家での夕食用に買ってきたふぐの白子を看護婦さんがゆでて父に食べさせてくれた。
もうほとんど固形物は食べられないということだったが、好きだったふぐの白子を喜んで食べてくれたのがうれしかった・・・ その夜は八木田の義実家で、たいたい、子供たちとふぐ鍋でクリスマスイブの夕食。25日はわたり病院で半日人間ドック。
その後はたいたい、子供たちと病院見舞の毎日。 夜、駅前ビアホールで、大学時代の友人たちと忘年会。2次会まで行って、0時30分帰宅。
31日、大阪に住む兄一家、東北大在学中の兄の長男も仙台からやって来た。 明けて1992年1月1日、兄一家、たいたい、子供たち全員実家で雑煮食べて病院へ。
3日、父に長男がちょっと元気がないので喝を入れてほしいと頼んだら、震える手でけっこう強くげんこつで頭をたたいてくれた。
4日、たいたいと子供たち、父と最後のお別れ。一人夜10時まで病院に残っていた。
5日、皆で東京へ。帝国ホテルチェックイン(1008,1010号室コネクティングルームで、部屋の大きな窓から東京タワーがすぐ近くに見えた) 6日、13時45分発JL403でロンドンへ。BA69で20時発。 「11時30分(日本時間)父さん亡くなった」と・・・
ローカル事務職に引継書作りドルの仮払して、2週間の忌引休暇申請し、KLMで帰国。 空港までたいたいに送ってもらうが、スーツケースの鍵ベッドの上に忘れ、たいたいに取りに戻ってもらう; チェックイン締め切りギリギリの23時前到着してバタバタと出発。アムステルダム経由で16日、朝9時成田着。 実家に親戚一同揃い花輪も多数。ドライアイスで冷たくなった父と対面・・
17日、9時出棺。霊柩車で斎場へ 翌日から東安寺で納骨、墓の相談、親戚のあいさつ回り、旧勤務先の東北電力、銀行、生命保険会社、社会保険事務所、証券会社、市役所等々の諸手続きで忙殺される。 実家近くに福島高校3年時の同級生が司法書士事務所を開いていて、相続の件などいろいろと相談する。 23,24日は雪が降る・・・ 貴花田最年少初優勝。集まっていた親戚と中継見、父の遺影にも見せる。 29日、13時45分発BA22でロンドンへ飛び、 この2カ月余り、3度ナイロビ-東京・福島を往復し飛行時間は120時間を超えた。悲しくつらい日々が終わって、ようやくいつもの生活が戻ってきた・・・ (2026.2.22up)
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