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| ◆ 駐在員生活の思い出/ナイロビ駐在の頃 今回の写真は前回までの写真より7年ほど更にさかのぼり、家族帯同でケニアのナイロビに駐在していたころのものです。
1992年の年末、ジャカルタ駐在時仲良しだった家族とエジプトのカイロで落ち合って、カイロからルクソール、アスワンまでクルーズで回ってきました。 当時は長女がナイロビ日本人小学校の6年生、長男が3年生、次女が1年生と全校で60名程しかいない日本人小学校で我が家はけっこう存在感がありました。
当時のケニアは治安が悪く(今でも状況はあまり変わっていないようですが)、1998年8月7日にはウサーマ・ビン・ラディンのアルカーイダによるナイロビ・アメリカ大使館のトラック自爆テロがあり(大使館員ら213人死亡)、2002年11月にはモンバサの空港でイスラエルのチャーター機にミサイルを発射する事件がありました。 (これもアルカーイダの犯行で、飛行機は無事でしたが、同日にモンバサ市内のホテルの爆破事件もあり、そちらではケニア人が巻き込まれて13名が死亡)
太平洋岸に位置するモンバサは昔からムスリム商人が交易の拠点としていて、キリスト教徒が大半のケニアでも人口の10%以上がイスラム教徒でした。 一方ケニアにはユダヤ系の人も数はすくないものの会社やホテルを経営している人がけっこういて、我が家が住んでいたコンパウンドにはイスラエル人が2家族住んでいました。 (ちなみに2回目のケニア駐在となった2000年に世銀融資の地熱発電プロジェクトでサブコン契約をしたケニアで1番大きな建設会社の社長もイスラエル人でした)
ケニアの隣国のエチオピアには4世紀に建国されたイスラエルの王国(ゴンダール王国)があり、9世紀~13世紀にかけて最盛期を迎えたそうですが、その末裔もいたのかもしれません。 ということで、平和な日本。5日は関東全域でけっこうな雪。 我が家の庭も雪が積もって、一凛だけ残っていたバラも寒そう。 さいたま市北区・宮原駅近くの盛田軒~もりたラーメン研究所。 元浦和レッズのJリーガー盛田剛平氏が2023年3月にオープン。 貝のしおそば。 広島産・牡蠣と宍道湖のシジミをふんだんに使った透き通ったスープが美味。 #154送ります。 最近散歩以外ほとんど外出しないので昔の写真やビデオなどみてるけど、 家族で駐在してたころは楽しかったなあ・・・と今更。 (けっこう危険なところも連れ歩いてたんだけどね。) (2024.2.11up) こっちも右に同じだね。そろそろ大学から嘱託研究員の呼び出しが繰る頃なんだけど、もう体力・気力が持たないから断ろうと思ってる。頼まれ仕事はもういいよね。 |
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