◆1991年、HONDAの創業者 本田宗一郎氏が亡くなった。彼は66歳で引退し、いわゆる「会長職」にも就かず、現場から身を引いた。社長を引退するにあたって「全国の営業所、販売店、工場を訪れ、従業員一人ひとりと握手をしたい」と申し出た。それが、彼が社長を降りるに当たっての唯一の条件だった。
◆当時のホンダの営業所等は全国で700か所以上あった。中には2~3人しか働いていない田舎の営業所もあったが、そうした所も洩らさず、全ての従業員と握手を交わし、一人ひとりに「ありがとう。ありがとう。いつもありがとう。」と声をかけ続けた。大創業者の来訪と握手に、思わず涙ぐむ従業員もあった。やがて海外の営業所にも足を延ばし同様な事を繰り返した。この感謝行脚には数年を要したという。
◆周囲の人間は「ホンダの創業者が握手をして廻れば、従業員のモチベーションも上がりますね」と言ったが、彼にとってそんなことはどうでもいい事だった。彼の望みは心から感謝を捧げることだったのだ。
◆ある工場を訪れた時、慌てて駆け出していく作業員が居た。「どうした?」と呼び止めると「手が汚れているから」と油で真っ黒になった手を隠すようにしてもぞもぞしている。すると「いいんだよ、それで」と、宗一郎は彼の真っ黒な手を握りしめた。「働いている手じゃないか。立派な手だ。俺はこういう手が一番好きだ」と言いながら涙ぐむ。それを見ていた他の従業員たちも涙を抑えられなかった。 |