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その92

タレにも言えない秘伝のタレ

 前号でアランドロンを話題にしたが「好きな俳優はアランドロンです」などとコメントしたらベタ過ぎるか。

「好きなラーメン屋は幸楽苑です」と言うのと同じくらいベタだが、塩ベターラーメンというメニューはない。

 学生の頃、吉祥寺の札幌ラーメンとジンギスカンの店で働いたことがある。

 バイト情報誌で「ウエイター募集」の広告があったので応募したが、人数の関係で厨房担当に回された。

 ビアホールとジンギスカン食べ放題、そしてラーメンという北海道を安易にイメージした組み合わせの店で駅前の雑居ビルにあった。

 厨房は初めてなので不安があったが、店長に「君ならできる」と言われ、その気になった。

 ラーメンだがメニューは味噌と塩だけだ。

 秘伝のスープは食品業者の大きな缶詰に入っていて、どんぶりに入れ熱湯を注ぐだけで、ほぼインスタントラーメン状態だ。

「簡単ですね」と店長に言ったら「スープにテマヒマかけるより、業者の出来合いの方が間違いなく旨い」「それに君でもできる」と返答され
た。

「君ならできる」は「君でもできる」で、能力に関係なく誰でもできる事がユニバーサル、バリアフリーの思想だ。

 省エネなので面倒な麺の湯きりなどもしないが、ラーメンは注文されてから少し間をおいて、テマヒマかけたようにして出せと業務上の心得も言われた。

 業務上の心得はビールにもあった。

 ビールサバ―からジョッキに生ビールを注ぐが、注意してもこぼれる時がある。

 ジョッキを置く台に大きなトレイを置き、トレイにこぼれたビールが貯まるとトレイから、またサーバーに戻す。

「再生可能」な「モッタイナイ精神」の業務上の心得だ。

 バイトの先輩は重いトレイを上手に持ち上げて、一滴も残さずサーバーにビールを戻す神業を持っていたが「トレイの神様」だったのか。

 店長自慢のジンギスカンの秘伝のタレもあったが、これも食品業者の缶詰(一斗缶)を開けて注ぐだけの簡単なもので「秘伝」だけに口外はできない。

 一斗缶から、「注ぎたし注ぎたし」使うが、こぼさないようにピッチャーに入れるには熟練の技が必要だ。

 もちろん下にトレイを置いて、こぼれたタレは一滴でも一斗缶に「注ぎたし注ぎたし」戻す創業以来の伝統がある。

 一番大変な仕事はジンギスカン鍋を洗う仕事だ。

 熱湯に重い鍋を入れて金属タワシで洗うが、油まみれ汗まみれになる。

 終電近い電車で帰るが、羊肉の匂いが体にしみついて、回りの乗客は自然と遠ざかる。

 間に合えばアパートの最寄の銭湯で体を洗うが、遅くなり銭湯が閉まれば安アパートの台所の水道で頭や体を洗うしかない。

 体をゴシゴシ洗うが、自分がジンギスカン鍋になったような不思議な
気持になる。

 店長以外は皆バイトで、大学中退の厨房リーダー、役者志望の夢追い人、医学部志望の浪人生などなどだ。

 浪人生は既に三浪くらいしていて、本人は医学部は諦めているのだが、親が開業医で親の希望で受験を続けているらしい。

 帰りの電車が一緒で親しくなり、一度彼の家に泊まりで遊びに行ったことがある。

 大きな自宅の離れに洋室の自室があって、大量の漫画本やアイドルのグラビア誌、ステレオやレコード、ギターがあった。

 ドラムセットもあったが、部屋全体がドラムス子セット化していて、勉強に集中できる部屋ではない。

 吉祥寺の居酒屋で夜のバイトをしているようでは受験は絶望的だ。

「君なら受かる」と励ましたが「君でも受かる」医大を探すしかないと助言すべきだったか。

 居酒屋バイトは家庭教師の時給と比べると半分以下でワリに合わないが、いい経験になった。

 昔は羊肉と言えばマトン肉だったが、今は高級感のあるラム肉が主流だ。

 昭和の元祖肉体派アイドルはアグネス・ラムだが、彼女のポスターの肢体をラム肉などと言ったら、熱烈なファンの怒りをかう。

 タレにも言えない秘伝のタレの思い出だが、「♪今はもう、タレも愛したくないの」って、やきとりはヤッパ、タレより塩がベターだ。

 (2018.5.18)アンブレラあつし

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