昔は成人の日は1月15日だったが今はハッピーマンデーでよく分らない。
ヒトの成長の発達段階にも個人差があるので大体でもいいのか。
微妙にスライドするので、おじさんには定着せず戸惑うが連続する休みが増え、消費も増えて株が上がれば何でもオッケー牧場の世の中だ。
トランプ氏も市場で株が上がれば、本人の株も上がる。株は市場原理だがトランプ氏は私情原理で語るのでヒンシュクだが面白い。
マスコミも株と同じで視聴率が上がれば、何でもオッケーで取り上げ
る。私も昨年テレビ番組の視聴率アップのために出演できた。
新年早々「奥様は魔女」など相変わらずの昭和昔話だが平成も終わるという噂があり心配だ。
ようやく平成にもなれ平静に過ごしていたのに新元号で、ややこし
くなり昭和もいっそう遠のく。
「はるか昔、昭和の頃の話です」とナレーションされてしまう。
どうにでもナレーションだが、時々ユーチューブで城達也のジェットストリームや、細川俊之のワールドオブエレガンスを聞いている。
学生のころ安アパートで小さなラジオでよく聞いていた。
ワールドオブエレガンスは昼の放送だったが学校にも行かずに聞いていたのか。
城達也も細川俊之もすでに他界してしまったが、いつの間にか、あの人もこの人も亡くなって、あの人他界したって聞いタカイだ。
大都会はクリスタルキングだが大他界という歌はないか。
「大往生」という永六輔の本があり、「人は死ねばゴミになる」という確か元検事総長の本があった。
20年以上前の話になるが、あまりに面白いので当時大病で入院中の父にお見舞いに持っていったが家族からはヒンシュクだった。
病院の職員もあきれていたらしい。
本の内容は生きる希望の内容なのだが、人は外見で判断されるように、本はカバーで判断される。
父は退院後もけっこう長生きしたのだが家族の誤解は今も解けない。
今、腎結石の治療で通院している。以前にも腎結石で入院手術したことがあり、持病だが「賢者の石」ならず「愚者の石」だ。
私は日頃よりイシ薄弱なのだが私の体の中の石はイシ強固だ。衝撃波治療を受けているが、なかなか壊れない。
いつ激痛が走るか不安なので痛み止めは常に持ち歩いている。
食生活も含めた日常生活の改善が必要だったのだが「のど元過ぎれば熱さ忘れる」で術後も以前の生活で再発してしまった。
痛み止めの薬を服用しながら上野で水撒き活動しても美談にはならないし、むしろ皆呆れるので病のことは黙って活動しよう。
芸術至上主義なので私情で活動を止めてはいけない。
東京オリンピックの男子体操の小野喬選手は痛み止めの注射をして鉄棒競技をし美談になったが、あれは今ではドーピングと同じ行為か。
体操でテーピングは許されるがドーピングは禁止だ。
私は幸いオリンピック選手ではないのでクスリを飲んで活動しても問題はない。
クスリを飲まなくても十分妄想状態になれるので新年早々、躁躁で、なだソーソーなのだ。
(←深い意味はありません。単なる言葉遊びです)
今、薬を4種類、食べるように毎日飲んでいるが結構面倒だ。同じような形態で間違えやすい。
人生にクスリとリスクはつきものだが、リスクを恐れずにクスリに挑まなければならないのか。
最近大手ドラッグストアにも多くの酒が売っているが、酒は「百薬の長」なので飲グスリのひとつなのか。
バカにつける薬はないがバカに飲ませる薬はあるのか。
「♪飲んで、飲んで、飲まれて、飲んで」だが薬の飲み過ぎは「薬害あって一利なし」で、薬の二日酔いには注意しよう。
←ぶわっはっはっは!葉羽
昔昔、子供の頃、風邪をひくとお粥が食べられた。
缶詰の冷たく甘いミカンが食べられた。
子供心に風邪がしばらく治らないのもいいと思った。
今年もらった年賀状に「お体を大切に」とか「ご自愛して」とかの言葉が目立った。
水撒きアートは老体で水打つ活動だが「老体に鞭打つ」ような無理はしないようにしよう。
腎結石予防には日頃の十分な水分補給が大事らしいが、年寄りの冷や水撒きには注意だ。
過日、上野の食堂で「お冷ください」と店員に頼んだら「お冷って何ですか」と返答された。
「水です」と説明したが外国人の店員なのでしかたない。
些細な事は水に流そう。テーブルの汚れも見ずに流そう。
私の体の石も早く水に流したい。
「♪ああ~川の流れのように」穏やかに生きたい。
(2017.1.23)アンブレラあつし |