私が勤めていた会社では既に独身寮はなく、独身の方はワンルームマンションなどを社宅として借りていますが、私が独身の頃は賄い付きの寮でした。
埼玉にある研究所では三寮合同夏祭りも行われ、寮長だった時には仕事そっちのけでお祭りの準備でした。
木曜日はバレーボール部の練習があり、夕食を終えると9時です。
バレーボール部の練習
当時は木曜9時と言えば「ザ・ベストテン」、もはや死語といってもよい歌謡曲の全盛時代、食後は皆茶の間で視聴します。(※右画像)⇒
寮生は25人くらいでしたが、当時自室にテレビを持っていたのは2、3人、ほとんどが茶の間で視聴です。
で、最後まで見るとお風呂が混雑しますので、3位くらいまで見て、断腸の思いでお風呂に行きました。
冬場は茶の間にコタツが置かれますが、ベストポジションには重鎮が座り、若造はテレビに近いところで横になります。
手前ベストポジション
リモコンなんてない時代ですから、重鎮の一声で若造がチャンネルを回します。
そんな時にコタツから出たくないので、少しコタツを引っ張るのですね。朝方になるとコタツが50センチくらい動いているのが分かりました。
車を持つことが一つのステータスでしたが、寮生で持っていたのはやはり2、3人。
1年後輩がゴルフ会員権を買ったが足がないということで、2年後輩と私が共同出資で中古車を買いました。その車を借りたいという方が数人いて、1日千円とかで貸していました。
三畳間
部屋の広さは3畳で、真ん中に座っていれば立つことなく必要なものに手が届きました。昭和レトロな独身時代でした、今にして思えば。
ツーさん【2021.1.11掲載】
葉羽 三畳間かぁ・・大学の時、本郷に居た同級の三井の部屋に泊めてもらったら三畳間だったな。さすがに二人で寝るのは狭かったよ・・いい思い出だ(笑)