池井戸潤の「鉄の骨」を読んでいましたら、次のようなくだりがありました(講談社文庫のp.30)。
「大学で建築の勉強をしたのはたったの四年間(専門2年+修士2年:筆者注)に過ぎないのに、それだけのことで何十年もの進路を決められるのはかなわない。別に建築をやってきた人間が営業をやってもいいのではないか」。
「鉄の骨」池井戸潤
それを読んで思い出したことがあります。
30歳の頃ですが、私の出身大学の学生向けに、就職案内学生会から就職に関する執筆の依頼があり(勿論上司経由でしたが)、「自分の就職を振り返って」と題して寄稿した一文です。
自分の就職を振り返って
抜粋しますと
「・・・三年、四年で学んだ専門が生かせない職業についたとしても(私の農芸化学時代の友人にも、専門とは全く違った分野に就職している人が何人もいます)、
大学で専門を学んだ二年間より、勤めてからの三十数年の方がずっと長いということを認識すべきと思います。
実社会に出てから自分の得意とする分野を見出すこともあるでしょうし、・・・
勉強の仕方というものをよく学んで、自分の将来に対しては、何にでもチャレンジできる精神を持ち、フレキシブルに構えた方がよいと思います・・・」。
もう35年も前に書いた文章ですが、結構いいことを書いていたかなと。
何にでもチャレンジ
単なる自画自賛ではありますが。
でも冷静に考えれば、誰でも書きそうなことでもありますね。
ツーさん【2020.12.14掲載】
葉羽 「何にでもチャレンジ」って、今、小学校の書き取り教材なんだね。笑っちゃったよ(笑)